早川由紀夫の火山ブログ

Yukio Hayakawa's Volcano Blog

御嶽山2014年9月災害における気象庁の責任

御嶽山噴火裁判の人たちへ

秋晴れの松本で10月10日に開かれた第四回口頭弁論を傍聴しました。御嶽山2014年9月27日噴火で死亡した登山者の親族のみなさまにお悔やみ申し上げます。負傷したみなさまの一日も早い快復をお祈りします。

強い無念の気持ちがこの裁判を起こさせたのだと想像します。あのとき何が起きたのか、なぜ死傷することになったか、を知りたいのは当然です。それを裁判によって明らかにしたいと行動に移したことに敬意を表します。

火山学者として私は、まずみなさまにお伝えしたいことがあります。それは、58人死亡と5人行方不明の原因です。火口から飛び出したひと抱えもあるような大岩に当たって打ち砕かれたとする報道がありますが、この理解は正しくありません。死者の多くは高空から猛スピードで落下してきた直径5~10センチ程度の小石に当たって命を落としました(論文1)。負傷者が当たった小石と同じです。少数例として、火砕流に襲われて火傷したり窒息したひともいたようです。親族の最期がどうだったかを正確に知っておくことは大切だろうと思って申し上げました。

さて裁判では、2週間前に地震が日50回を超えたのに気象庁が噴火警戒レベルを2に引き上げなかったことと、壊れたままの地震計を長野県が放置したことを指摘していらっしゃいました。これらのどちらも、相手方の責任を追求するのはむずかしいだろうと私は思います。

たしかに気象庁には、御嶽山の地震が日50回を超えたらレベル2にする内規があったようです。しかし、それに従ってレベル2に上げるか上げないかは、気象庁長官の考え次第です。裁量のうちです。他のデータや諸事情を勘案してレベル2に上げなくても、そこに不作為を問うことはできないだろうと思います。

長野県には火山噴火を監視する義務がありません。ですから、設置した地震計が正常に動いていなかったことを責めるのはお門違いのように感じます。聞くところによると、火山砂防事業による地震計だったようです。であるなら、谷中を流れる土石流(や火砕流)の震動を捉えることが目的であって、噴火を予知するために設置したものではなさそうです。9月27日噴火では火砕流が発生しましたが、あの火砕流が地面を叩いて起こす震動は噴出時の震動に埋没して検知できなかっただろうと思います。

責任を問うのであれば、その相手はこの国の唯一の火山監視機関である気象庁です。気象庁は2007年12月に気象業務法13条を改正して、一般の利用に適合する噴火警報を出すことにしました(論文2)。しかし、2014年9月27日の御嶽山噴火の前に噴火警報は出ませんでした。出ないまま、58人が死亡して5人が行方不明になりました。そして多数が負傷しました。一般の利用にまったく適合していません。ここを指摘するのが、いま日本の火山防災のためにとても重要だと私は考えます。

なお噴火警報を出すことは噴火警戒レベルを2に上げることを意味します。結果的には同じことですが、レベル2ではなく噴火警報を争点として掲げると法律条文との対応が明確になります。

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火山れき落下モデルの修正



地獄谷から出た火砕流は、谷底を下っただけでなく剣ヶ峰にも向かったのだから、火砕流の上の噴煙は、火口からちょっとだけ下を中心にして、火砕流全域から立ち昇らせないといけない。ピンクで修正。

× 火砕流から(浮力で)上昇した噴煙が、火砕流から火山れきを連れ去って空高く上がった。(本文テキストにはこう書いてなかったが、図はそう見えた。)
○ 火砕流と同時に火口から上方向に飛び出した火山れきが、火砕流から(浮力で)上昇する噴煙に取り込まれて空高く上がった。

火口から飛び出した初速だけであれほどの数の火山れきが剣ヶ峰に降り注ぐのは無理だ。火砕流から(浮力で)立ち昇った噴煙が火山れきを高空まで引き上げたからこそ、あれだけの数のあれほどの大きさの火山れきが高速で剣ヶ峰に降り注いだ。前回のこの指摘は変わらない。

御嶽山2014年9月27日噴火で生産された
・火山岩塊は、ほとんどが地獄谷の中に留まった。1%が谷の外に弾道軌道を描いた。
・火山れきは、半分が火砕流の中に取り込まれ、半分が浮力噴煙で高空に達した。
・火山灰は、半分が火砕流となり、半分が噴煙上昇したあと風に流され広域に降った。

新聞各社の御嶽山噴火加害要因イメージ

御嶽山の噴火雨、12時10分頃


2015年9月27日19時NHKニュースからキャプチャした。

火山れきが落ちてつくったクレーターの窪みの中に水がたまっている。二ノ池本館の小寺祐介支配人が、噴火のときに激しい雷雨があった証言している(スポーツ報知2015年9月26日)。

噴石が屋根に「ガンガン」当たり、目の前の池に落ちては、大きな水柱が上がった。トイレから「ドーン」と音がして、重さ7キロの石が屋根を突き破った。十数分後、外は灰に覆われ暗闇に。激しい雷雨が降り始めた。


噴火開始は11時53分、その十数分後だというから、激しい豪雨が降り始めたのは12時10分頃だったろう。火山灰を含む泥雨だったろう。高い噴煙が上がると局所的に短時間、強い雨が降るのはよくあることだ。私は噴火雨と呼ぶ。

剣ヶ峰の火山灰は火砕流によるものだから11時56分頃に堆積した。11時58分頃に落下した無数の火山れきがその表面に衝突クレーターをつくった。12時10分頃、雨が降ってその窪みに水溜りをつくった。

火砕流は二ノ池本館まで届いていない。そこには泥雨として降った火山灰が降り積もっているだろう。剣ヶ峰の火山灰とは違う堆積構造が見られるはずだ。

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赤いリュックの女性の証言

生還女性が初めて語る“あの時” 「焼け死ぬのか、溶けるのかな」
産経新聞 2015.9.27 06:00

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山頂付近で石造りの台座に寄りかかり救助を待つ女性。右手を小さく震わせ、助けを求めた=2014年9月28日午前11時31分、御嶽山(本社チャーターヘリから、大山文兄撮影)


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御嶽山2014年9月27日噴火で亡くなった人たち

産経ニュース 2014.10.4 12:10
【御嶽山噴火1週間】亡くなった方々、それぞれの素顔

御嶽山(おんたけさん)の噴火で、3日までに死亡が確認され、身元が特定された47人。大学進学を目指す女子高生や、責任感の強い会社員、おしどり夫婦、スポーツ好きな親子-。鮮やかに色付く山の魅力を求め、山頂に集まってきた人々の命を、山は奪っていった。


この10月4日産経記事には、そのときまでに死亡確認された54人の身元が書かれています。それを転記した上で、その後に判明したことを、新たな死亡者と生還者を含めて、青字で以下に記録します。
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御嶽山の捜索と噴火調査

▼2014年
9月27日 1153噴火。63人死亡
10月16日 捜索打ち切り
11月08日 噴火予知連による山頂調査

▼2015年
6月10日 噴火予知連による山頂調査
7月29日 行方不明者の捜索再開
8月06日 終了。5人は行方不明のまま
8月19-20日 噴火予知連による山頂調査

御嶽山頂6月10日調査報告(産総研ほか)

第 132 回火山噴火予知連絡会(2015.6.15)提出資料 産業技術総合研究所,山梨県富士山科学研究所,信州大学,帝京平成大学,2015 年6 月10 日の御嶽山山頂調査の速報

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調査のための御嶽山入山申請は不許可 王滝村長

王滝村長あてに御嶽山の調査許可願いの手紙を出したら、不許可の通知が手紙で来ました。

平成27年6月19日

群馬大学教育学部
早川由紀夫様

王滝村長 瀬戸 普

御嶽山入山許可の可否について

平成27年6月4日付けで申請のあった調査のための御嶽山入山許可については、不許可とするので、通知します。

不許可とする理由
 御嶽山は昨年9月の噴火により、行方不明者の捜索活動が継続しており、王滝口登山道の入山規制について、捜索活動継続中は、原則として捜索活動関係者に限定して、入山を許可している。そのため、現段階では調査研究目的のみの入山はできない。
 また、捜索活動終了後、王滝村災害対策本部では、警戒区域内への調査研究目的の入山について、
(1)調査研究の内容が、今後の防災対策に資する目的であること。
(2)入山にあたっては、気象庁との情報連絡、火山ガス対策等、万全な監視体制、装備が具体的に明示されていること。
 以上、2点を入山許可の条件とします。


2015年6月4日

王滝村長
瀬戸 普さま、

突然の手紙を差し上げて申し訳ありません。
私は、群馬大学で火山の研究をしている早川由紀夫と申します。

昨年あった御嶽山の噴火に関心を持っています。「地理」という雑誌の先月号に掲載した論文のコピーを1部添付します。この論文のなかで私は、昨年9月27日噴火の死因は、火口から直接飛来した大岩に当たったことによるのではなく、高空から落下した多数の小石に当たったことによると書きました。

この私の解釈を、現地に行って確認したいと希望します。もし私の解釈が正しければ、火山学でこれまで知られていなかった災害に当たります。噴火が残した地層を観察すれば、私の解釈の当否が判断できるだろうとみています。

ホームページを見て、田の原駐車場まで車で乗り入れられることがわかりました。車をそこに置いて、山頂まで登山して調査したいと希望します。村長の許可をいただけませんでしょうか。

実施時期は、6月下旬から7月までの天気がよい日を選びたいと思っています。私以外に、助手を3人ほど連れて登りたいと考えています。

群馬大学教育学部教授
早川由紀夫


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