早川由紀夫の火山ブログ

Yukio Hayakawa's Volcano Blog

フォーピークト火山(アラスカ)が噴火

全山氷河に覆われたアラスカのFourpeaked火山が9月17日から噴火しています。二本の噴煙が上がったのが薄気味悪い。アンカレッジから330キロ離れています。この火山の過去の噴火については、文字にも地層にも記録がありません。アラスカ火山観測所は、この火山は1万年以上噴火したことがなかったようだと20日のInformation Releaseで書いています。

アラスカ火山観測所のページ

登山規制のさらなる解除を軽井沢町に求む

2004年1月28日、浅間山登山規制調査検討委員会(小坂丈予委員長)は、気象庁が定める浅間山のレベルが1のときは登山規制を火口から500メートルまでにするのが望ましいと提言しました。この提言を受けて2004年3月15日に開かれた浅間山火山対策会議は、レベル1のときに、西の小諸市側は前掛山まで登山可能としましたが、東の軽井沢町側は小浅間山までの登山しか認めませんでした。

小浅間山から東前掛山まで、さらには前掛山(2524メートル)までのルートは火口から500メートルより外側にあります。このコースも解禁して、東から西へ、あるいはその逆に西から東へ浅間山を縦走できるよう登山規制を緩和することを軽井沢町に望みます。

早川由紀夫
浅間山登山規制調査検討委員
2006年9月23日

付図
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青ルート:レベル1のとき、現在解禁されているルート。
赤ルート:浅間山登山規制調査検討委員会の提言に従いつつレベル1のときに解禁できるルート。火口中心から500メートル以内に立ち入らない。

専門家会議の提言

浅間山登山規制調査検討委員会(小坂丈予委員長)による2004年1月28日提言の概要

レベル0 規制なし
レベル1 登山道に限り、火口から500メートル
レベル2 登山道に限り、火口から概ね2キロ
レベル3 火口から4キロ
レベル4 そのときの状況に応じた規制
レベル5 そのときの状況に応じた規制

わたしの基本的な考え方

浅間山の火山リスクを過大に評価して人々を浅間山から遠ざけようとする姿勢は、火山と共存しなければ暮らしていけない地域住民の権利を不当に侵害するものだ。そして、その姿勢は火山防災の実現にむしろ弊害となる。規制を強化すれば登山者の命を守ることはできるが、文化と経済が衰退して地域から防災力が失われてしまう。平時は浅間山と親しんで、浅間山の四季の自然を地域住民と旅行者がよく知っていて初めて、非常時の防災対応が可能となる。行政は、規制範囲をいたずらに広げてその上に安住してはならない。浅間山の火山リスクを常に評価して、登山規制を合理的で適切なものにする不断の努力を傾けなければならない。

気象庁による浅間山危険レベルの変化

2003年11月4日 レベル2
(259日)
2004年7月20日 レベル1
(11日)
2004年7月31日 レベル2
(32日)
2004年9月1日  レベル3
(293日)
2005年6月21日 レベル2
(458日)
2006年9月22日 レベル1

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浅間山の危険レベル2から1に

火山観測情報 第38号
平成18年9月22日14時00分 気象庁地震火山部
火山名 浅間山

** 見出し *****************

浅間山の火山活動は静穏な状態になりました。
<火山活動度レベルを2から1に引き下げました。>

** 本 文 *****************

1.火山活動の現状と評価
 浅間山では、平成16年9月1日に中爆発が発生し、同年12月9日まで活発な噴火活動が継続しました。その後、火山活動は次第に収まり、平成17年6月以降はやや活発な状態で経過していました。
 最近は、地震活動、火山性微動、火山ガス(二酸化硫黄)の放出量及び山頂火口内の高温状態を示す火映の発生等のいずれにおいても、低調な状態が続いています。
 これらのことから、火山活動は静穏な状態になったと判断し、火山活動度レベルを2(やや活発な火山活動)から1(静穏な火山活動)に引き下げました。

2.今後の留意事項
 現在のところ火山活動は静穏な状態となっていますが、山頂火口近傍に影響する程度のごく小規模な噴火の可能性はあり、火口近傍(中心から500メートル程度以内)では注意が必要です。
 火山活動は、再び活発化する可能性もありますので、今後の活動の推移に注意して下さい。

<火山活動度レベルは0~5のうち、1(静穏な火山活動)です。>

 火山観測情報の定期的な発表は本号(第38号)をもって終了します。
 今後の火山活動状況については、定期的に公表している週間地震・火山概況や火山活動解説資料等をご覧下さい。
 火山活動に変化があった場合は、火山情報で随時お知らせします。


この危険レベル引き下げにより、湯の平から前掛山頂まで登山できるようになりました。小諸市の登山規制は気象庁レベルと連動することが2004年4月1日の告示に書かれていますから、もうすでに登ってよいことになります。軽井沢町の登山規制は、2004年7月1日の告示を読むと、今回の2→1では変更ありません。嬬恋村のしゃくなげ園上の規制解除は自動的にはいきません。村がいつ規制を解くのか、私はまだ知りません。

浅間山の火山活動レベルの表(気象庁へのリンク)
浅間山の場合、レベル0になることは想定されていません。レベル1が最低(もっとも安全)です。

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2004年火山弾の直撃を受けて大きく変形した鋼鉄製シェルター。火口中心から500メートルの位置にあるので、近寄って見学できます。浅間山のブルカノ式爆発の威力を実感してください。

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2004年9月23日の爆発で飛来した百トン岩。火口中心から450メートル地点にあるので、立ち入り禁止ロープから遠目で観察できます。
 上記二枚の写真は、小諸市長から立入許可を得て、小諸市職員同行のうえ、2005年9月に撮影しました。

岸田今日子の浅間山1947年爆発体験

岸田今日子は、終戦の翌年に自由学園高等科に入学した。北軽井沢の大学村で過ごした二年生の夏に書いた「夏休みの日記」の中に、1947年8月14日12時17分の浅間山爆発の記録がある。

八月十四日 晴れのち小雨
 午後一時の電車で東京から後藤さんと桐山さんが来るはずなので、迎へに行かうとして居た時、水の寄せるような地鳴りがして父と二人、「浅間だ」と外へ飛び出した。裾一杯まで見える門まで出ると、もう、めん羊の背中に似た煙が相当高くふき上げられて居た。藁帽子をかぶって駅まで行くと、途中から夕立のように大粒の砂がザアザア降って来て、木の葉はみるみる灰白色に変わった。一時間ほどで降り止んだが、後藤さんたちと一緒に帰ってみると家中ザラザラで、早速三人で大掃除しなければならなかった。
  岸田衿子・岸田今日子(2001)『ふたりの山小屋だより』文春文庫


爆発音や空振ではなく「水の寄せるような地鳴り」を感じたという。それを感知するやいなや浅間山だとわかったというのも興味深い。実際にはどのような知覚なのだろうか。北軽井沢に降ったのは大粒の砂であり、爆発後しばらくしてから降り始めて一時間ほど続いたことがわかる。

気象庁の記録によると、このときの噴煙は1万2000メートルに達し、前橋と山田温泉に灰が降った。湯の平では山火事が発生した。20世紀に浅間山で頻発したブルカノ式爆発の中でも屈指だ。夏の日中だったことが災いして、登山者11人が死亡した。火山弾に打たれて多数の登山者が死亡したニュースは、群馬県側に住んでいた今日子の耳に届かなかったようだ。

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軽井沢測候所の参考資料(75)

参考資料(75)

昭和46年3月10日
軽井沢測候所

火山噴火にともなう噴出物の飛距離について(その2)
(浅間山の噴火と4km制限に関連して)

 噴出初速度170~180メートルで投げ出された火山弾のうち、最も遠くに飛ぶものは、風のえい響がないと、火口からの水平距離で約4kmの所へ落ちることになります。
 事実、これまでの噴火後の実地調査の結果でも火口から4kmの付近までは直径が50cmもある大きな火山弾が落ちているが、この外側では火山弾の直径が急に小さくなっていることが認められています。
 これらのことから、浅間山が普通程度の大噴火をした時の直径50cmもある大きな火山弾の落ちる範囲は、大体4kmと考えて差し支えなさそうです。
 ところで、昭和33年夏、浅間山の地震活動が活発となって、噴火が考えられ、災害が心配になった際、災害対策を行うため浅間山周辺の市町村、警察、報道機関が集まって、浅間山災害防止対策連絡協議会が結成され、災害防止のための項目の1つとして、登山禁止を行いました。禁止地域の指定をするのに何の根拠もなしには出来ませんので、上で述べました50cm以上の火山弾の落下が予想される4km内としたのが、4km制限の最初でした。


この参考資料は、かつて毎月発表した定期火山情報に添えて軽井沢測候所が地元行政などに渡した資料である。和文タイプライターで印字してある。(1)は昭和40年1月、(130)は昭和53年9月11日。軽井沢測候所に保存されている。

軽井沢測候所の参考資料(76)

参考資料(76)

昭和46年4月10日
軽井沢測候所

火山噴火にともなう噴出物の飛距離について(その3)
(浅間山の噴火と4km制限に関連して)

このようにして4kmの制限が設けられたのでしたが、その後の11月10日に大爆発が起こったのですが、この爆発の際に火口から3.8kmも離れた血ノ滝付近に直径90cm、重さ約6トンと推定される大噴石が落下して、南北7.8m、東西6.4m、深さ2.1mもある大きな噴石穴が出来たのでした。
 登山禁止になったのが夏で、軽井沢の最盛期であったこともあって、このことに対して不満の方も多く、まして4kmという範囲については可也り疑問視される方も多かったのですが、これが事実であることがはっきりされる結果になりました。
 このようにして最初は疑問としておられた方々も4kmの範囲内が本当に危険であることを認められるようになりました。
 これより先、厚生省では昭和27年に浅間山一帯の登山歩道、避難小屋の計画が決定していましたが、この際の噴火の実態を考慮して、昭和37年には、これらの計画を中止しました。
 そうして、その後は浅間山の火口から4km以内には一切の建造物の設置を認めないということを内規として現在に到っているそうです。


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小諸市の登山規制(レベル3)

2004年9月1日の気象庁レベル3を受けて、小諸市は即日4キロ規制を敷きました。この規制は2005年6月21日まで9ヵ月余り継続しました。

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高峰高原登山口で2004年9月3日撮影。

小諸市の登山規制(レベル2)

2005年6月21日以降はレベル2です。

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浅間山荘登山口には、登山者に向けて書かれた詳しい注意があります。ひとつ一つの注意書きを拡大します。

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ここまでは正確で親切ですが、

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この地図は肝心なところが正しくないようです。

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蛇掘川を登りつめると、そこには火山館があります。管理人が常駐していて、トイレや水が使えます。火山館の1階は、火山弾を避けるためのシェルターの機能をもっています。

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湯の平を進むと、ここで立入禁止の表示があらわれます。「災害対策基本法第63条第1項の規定に基づき、これよりの立入を禁止する」と書いてあります。

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この部分だけを単独で読むと、いまでも前掛山まで登れると読めてしまいます。これはレベル1のときにつくられた掲示です。2005年10月撮影。

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高峰高原登山口の表示。

嬬恋村の登山規制(高峰高原)

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「レベル3につき4キロ規制」と書いてあります。2004年9月3日撮影。

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レベル2になったあとしばらくして、2005年9月20日撮影。規制の看板は撤去されています。

嬬恋村の登山規制(しゃくなげ園)

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しゃくなげ園駐車場に掲げられている看板。

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登山道を進むとこのような表示があります。

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しゃくなげ園から高峰高原に至る群馬坂林道。4キロの内側を通っています。

鬼押出しの規制(嬬恋村内)



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以上浅間園(長野原町営)。2005年5月29日と6月5日の掲示。このとき気象庁レベルは3でした。5月29日時点では鬼押出し溶岩の中は「通行禁止」でしたが、駐車場と火山博物館の建物周辺は「通行注意」でした。しかし6月5日には、B・ヒカリゴケコースも通れるようになっていました。気象庁が浅間山のレベルを3から2に下げたのは、そのあと6月21日でした。

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浅間園は現在も夜間は通行止め。ただし、鍵をかけてゲートを閉めることはないようです。

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これは鬼押出し園(国土計画)。2005年5月29日。レベル3のとき。

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鬼押しハイウエイの山側に立てられている看板。
「この先、浅間山火口より4キロメートル以内につき、立ち入りを禁止いたします。鬼押出し園」
「社有地につき立入禁止」
立入禁止の理由は、ほんとはどっちなんだろう?

軽井沢町の登山規制(レベル3)


「災害対策基本法第63条第1項の規定により火口より4km以内は警戒区域で立入禁止」と書いてある。軽井沢駅構内の掲示。2003年6月11日撮影。

軽井沢町の登山規制(峰の茶屋)

いまはレベル2ですから、小浅間山まで登山できます。

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峰の茶屋駐車場にある表示。気象庁がレベルを3から2に下げたのは2005年6月21日でしたが、軽井沢町が小浅間山までの登山を解禁したのは6月23日だと書いてあります。

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登山道入口にある表示。たしか以前はここに「災害対策基本法63条に基づく」と書いた大きな看板があったと思います。

軽井沢町の登山規制(石尊山)

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