その前に置かれる章です。
4.火山防災のためのインターネット利用
岡田弘は,有珠山や雲仙岳そして海外の事例を教訓にして,火山防災のためのテトラヘドロンモデルを提唱した(岡田・宇井,1997)。四面体の底辺に位置する「学者」「行政」「マスメディア」の三者が強力な連携を達成して,頂点の「住民」を支えるモデルである。
しかし実際には,火山噴火危機では四者の利害が激しく対立する。たとえば,行政は生命の安全を確保することを目指して住民を早期に避難させようと躍起になる。しかし住民にとっては,生命だけでなく生活も大事である。避難することによって収入源を含めた生活基盤をすっかり失うなら,生命のリスクが少しくらいあってもそこに留まりたいと願うだろう。これは,尊重されなければならない個人の権利である。
対立は学者と行政の間にも生じる。学者は他者と違う独創的な意見を発表するのが仕事である。そして,災害の推移予測にはそもそも絶対確実がない。本来的にあいまいなものである。だから,推移予測は確率表現をとらざるをえない。それなのに行政は,学者からは統一された見解がほしい,雑音は聞きたくない,学者は確実なことだけを言ってほしい,などと身勝手な要求をする。また行政の中においても,国・都道府県・市町村の各レベルで責任の押し付け合いが生じる。視聴率や販売部数の呪縛から脱却できないマスメディアがこれにからみ,混乱に拍車をかける。
「学者」「行政」「マスメディア」「住民」が,同じゴールを目指して協力し合うことは,現実には起こらない。それは幻想である。四者は,実はそれぞれ異なるゴールを目指している。四者が互いに相手を敵とみなして憎しみあうのは論外だが,四者の間には健全な緊張関係が存在してしかるべきである。密室における馴れ合いで災害に対応するのではなく,その災害にかかわるすべての情報を四者全員が迅速に公開して共有し,互いに競争しあう関係が望ましい。そのときインターネットが情報交換のための有力なツールとなろう。とくに火山災害のように日あるいは週の時間スケールで対処すべき災害においては,インターネットが他の情報交換ツールや方法を凌駕しているようにみえる。
防災の意思決定を委ねられている立場にある行政は「使いやすい情報なら歓迎」などと傲慢な受身姿勢でいてはならない。インターネット上に流通する情報を細大漏らさず迅速に収集する努力を常時傾けて,そのとき存在するすべての情報を織り込んだ上で,もっとも望ましいと考えられる意思決定を下す手順を踏むべきである。
昨年11月12日、桐生市で行った講演の内容を文章にしました。一部をここでご覧にいれます。
5.新しいインターネットツール
すでに述べたように,掲示板には脆弱性がある。いま掲示板に代わるべき新しいインターネットツールとして,ブログとソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の二つに災害時利用の将来性が認められる。
ブログは,簡単につくることができるホームページである。インターネットに接続したパソコンさえあれば,ホームページ作成ソフトを用意したりサーバへのアップロードを心配したりせずに,誰でもすぐに開設することができる。軽微な広告掲載を受諾すれば,無料で利用することができる。
掲示板では主宰者の書き込みも外来者の書き込みも同じように表示されるが,ブログでは自分が書く本文と他者からのコメントが差別化されて表示される。ブログでは自分の個性を色濃く表現することが簡単である。他者からコメントが書き込まれるとメールで通知を受けられるし,IPアドレスを識別して特定の相手からの書き込みを禁止することもできる。このような機能を使えば,双方向のコミュニケーションを確保したまま思い通りのページを運営することができる。
写真はもちろん,ブログサービスによっては動画も掲載できる。そして巨大システムの一部を借り受けているわけだから,アクセス集中に強い。火山噴火が起こって火山ブログのアクセス数が急に増えても,数十万に及ぶ種々雑多なサイトからなるブログサービス全体がダウンするとは考えられない。さらに,ブログに書き込まれた内容は検索エンジンにすみやかに反映される。ブログ専用の検索エンジンを利用すると,書き込んでからわずか数分で検索にかかるほどだ。
SNSは,インターネットの中に存在する紹介制のコミュニティである。わが国ではMixiがもっともよく普及している。友人から招待されてMixiに加入したメンバーは,かならず自分のページを持つ。そこに書くプロフィール,日記,マイミクシィ(友人リスト),参加コミュニティ一覧には,そのひとの個性が描出される。掲示板では自己紹介をしない限り書き込み者のバックグラウンドを推し量るのはむずかしいが,Mixiでは書き込み者のページを見ればその人物像を容易につかむことができる。他者のページを見ると,そこには「足あと」と呼ばれる痕跡が残る。見た人だけでなく,見られた人も誰に見られたかを知ることができる仕組みである。こうして,信用が互いに担保されたかたちで情報交換が行われる。
同好の者たちがつくるコミュニティには次の三種がある。1)だれでも参加できる。話題を公開する。2)参加するには許可がいる。話題を公開する。3)参加するには許可がいる。話題を公開しない。目的に応じてこれら三種のコミュニティをうまく使い分ければ,災害時のコミュニケーション・ツールとしてSNSが大いに役立つ可能性がある。なおSNSの中で飛び交う情報は,検索エンジンにかからない。
情報やデータをインターネットで共有しようとすると,著作権の壁が立ちはだかる。リンクは著作権法32条がいう引用ですらないから,いま問題ではない。リンクは相手に無断でしてかまわない。しかしテキストの全文転載や画像掲載は,相手に無断ですることはできない。禁じられている。一部の検索エンジンは,自社サーバにページの複製を蓄積してキャッシュとしてユーザに提供している。このサービスは検索語がハイライトされて使いやすいが,著作者の公衆送信権(著作権法23条)を侵害している状態にある。アメリカ合衆国の著作権法ではfair use(公正利用)という考え方が採用されていて,正当な理由があれば著作権者の許可がなくても著作物を利用できる。アメリカ合衆国ではキャッシュサービスの提供が違法にならないらしい。災害時における円滑な情報共有を進めるために,わが国でもこのような考え方が法律に反映されることを期待したい。
6.まとめ
インターネットは便利な情報交換ツールにもはや留まっていない。すでに放送の領域に踏み込んだ。災害時にインターネットが果たす役割は、今後ますます大きくなっていくであろう。掲示板はシステムとして脆弱だから、これからの災害時の情報交換にはブログやSNSが使われるだろう。この新技術を広く普及させるためには、著作権についての社会的合意を更新する必要がある。
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