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早川由紀夫の火山ブログ

Yukio Hayakawa's Volcano Blog

浅間山 次の噴火の積灰報告図を用意しました

浅間山の次の噴火で火山灰が降り積もったら、写真をとってここに貼り付けてください。ただし多くのブログサービスは、他所への画像貼り付けができない設定になっています。その場合は、説明欄にURLを書くか画像へのリンクを施してください。私が画像を手元に取り込んで表示できるように処置します。単位面積当たりの重量を測定して○g/m2だと報告してくださると、さらにありがたい。このグーグルマップページは誰でも編集できるように設定してあります。


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ブログ写真から計算した浅間山2月2日火山灰の総量

浅間山の2009年2月2日噴火で降り積もった火山灰の写真と動画をインターネット検索して集めて、それぞれ単位面積あたりの重量を判定しました。用いた基準。集めたデータのうち21を地図上にプロットして、噴出量2万4000トンを得ました。

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秩父市 hiro1194058 写真判定 20 g/m2

163082342[1]
羽村市 たまびと 写真判定 10 g/m2

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稲城市 須玉日記 写真判定 2 g/m2

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横浜市たまプラーザ タツロウ&まりや 写真判定 0.5 g/m2

20090203225125[1]
横浜市横浜線大口駅 モモココのおやじ 写真判定 5 g/m2

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横浜市金沢区釜利谷東 五條歯科医院 写真判定 0.02 g/m2

20090203214209[1] 20090203214935[1]
三浦半島  shu 写真判定 0.1 g/m2


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浅間山2009年2月2日の火山灰の分布。浅間山から南東に伸びる灰色線は、火山灰が1g/m2降り積もったところを示す。インターネットで公開されている積灰写真と動画から単位面積あたりの火山灰重量を判定して作成した。この図から噴出量を計算すると2万4000トンになる。

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産業技術総合研究所

写真判定の続きと動画判定は、下をクリックしてごらんください。
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群馬県の10小中学校が浅間山の積灰調査 2月2日の噴出量は2万トン

群馬県富岡市とその周辺の小学校・中学校あわせて10校が、2月2日の浅間山噴火で学校に降り積もった火山灰を調査しました。その報告書が私の手元にきょう届きました。みると、富岡市内で1平方メートルに52グラムの積灰があったことがわかります。2004年11月14日に渋川の地表を覆った火山灰の濃さとほぼ同じです。

届いたすべてのデータをグーグルマップに整理して、1平方メートルに10グラム以上降り積もった土地の面積を測ったら、160平方キロでした。浅間山が2月2日に噴出した火山灰の全量をこの数値を使って計算すると、2万トンになります。これは、GSJがいう2-3万トンと調和的です。あ、彼らは3-4万トンと、数値をふたたび変更した。


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浅間山2009年2月2日の火山灰の分布。浅間山から南東に伸びる灰色線は、火山灰が10g/m2降り積もったところを示す。群馬県内10小中学校での測定による。この図から噴出量を計算すると2万トンになる。

マルチニーク島で見た流紋岩の大規模噴火堆積物

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St. Pierreのすぐ南の海岸に、大規模火砕流堆積物に覆われたプリニー式軽石が二枚露出している。両者の間には、厚さ3メートルに達するレスや水流堆積物が挟まれている。それらが示す時間差は数万年程度だと思われた。年代はおよそ10万年前だと思われた。プリニー式軽石は2-3メートルと厚いが、粒の大きさは数センチ。モンプレーから来たにしては粒が細かい。島の南半部から来たのではないか。

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St. PierreからFort-de-Franceに向かう高速道路の途中に露出していた水蒸気マグマ噴火の堆積物。水中堆積のようにみえた。地震によって液状化したために生じた層間異常とタフダイクがあった。

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南部Diamantの街の裏の高台に分布する大規模火砕流堆積物。給源になったはずのカルデラの地形は、Martinique島内にみつけられなかった。

気象庁の浅間山解説情報と火山観測報に不調和

気象庁は、17日16時の解説情報56で次のように書いた。

火山名 浅間山 火山の状況に関する解説情報 第56号
平成21年2月17日16時00分 気象庁地震火山部

**(本 文)**
<火口周辺警報(噴火警戒レベル3、入山規制)が継続>

1.火山活動の状況(16日~17日15時)
 16日13時00分頃、山頂火口でごく小規模な噴火が発生しました。噴煙は火口縁上400メートルに達し東に流れました。
 また、16時35分頃に発生したごく小規模な噴火では、山頂火口の東側山麓でわずかな降灰が確認されました
(以下略)


しかし、火山観測報に16日1635噴火報告はみあたらない。山麓に降灰があったいうが、いったい誰がどこで何を知覚したのだろうか。そして、その情報を気象庁はいつ入手したのだろうか。

噴火に関する火山観測報(浅間山噴火)(2009年02月17日18時39分発表)
噴火に関する火山観測報(浅間山噴火終了)(2009年02月16日14時45分発表)
噴火に関する火山観測報(浅間山噴火継続)(2009年02月16日13時36分発表)
噴火に関する火山観測報(浅間山噴火)(2009年02月16日13時10分発表)

積灰のみかけと単位面積あたりの重量 積灰調査の勧め

噴火によって火山灰が降ったら、単位面積あたりの積灰重量を、できるだけ広い範囲の多数地点で測定することが大事です。噴出量を計算するための基礎データになります。火山学の前進だけでなく、防災にも有益ですし、学校で行えば理科教育のよい題材になります。

実際には、自動車などの平滑できれいな水平面上の火山灰をはけを使って寄せ集めて、上質紙に包みます。そのとき、集めた面積を測定することが肝要です。長さの測定は、たて30センチ、よこ40センチなどとおよそでかまいません。面積の測定精度を上げることに注意を払うより、むしろその場所の平均的数値をどこが与えるかをよく観察して選ぶことが重要です。

集めた火山灰の重さを(もし湿っていたら乾燥させてから)天秤で量ったあと、面積で割って単位面積あたりの積灰重量を計算します。単位はg/m2にするとよいでしょう。

積灰のみかけ写真と単位面積あたりの重量測定例を下に示します。もし手元に天秤がなくても、写真を提供していただければ、およその重量評価が可能です。

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400 g/m2、桜島、@tigers_1964、2017年9月19日

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86 g/m2、桜島愛宕山、@tigers_1964、2017年9月1日

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50 g/m2、桜島、@tigers_1964、2017年9月1日

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48 g/m2、群馬県渋川市、早川由紀夫、2004年11月14日、浅間山から46キロ。

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20 g/m2、鹿児島市郡元、@tigers_1964、2016年7月25日、桜島から11キロ

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7 g/m2、鹿児島市郡元、@tigers_1964、2017年5月2日、桜島から11キロ

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2.0 g/m2、東京都府中市、青谷知己、2009年2月2日、浅間山から103キロ。
2.0 g/m2、鹿児島市郡元、@tigers_1964、2016年7月25日、桜島から11キロ

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0.7 g/m2、東京都あきる野市、青谷知己、2004年9月17日、浅間山から119キロ。

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0.5 g/m2、鹿児島市郡元、@tigers_1964、2016年7月25日、桜島から11キロ

自動車のボンネットの上なら、
0.1 g/m2 うっすら
1 g/m2 すきまあり
10 g/m2 一面ひととおり

経験によると、浅間山の火山灰噴出量計算の精度は、10 あるいは 100 g/m2の等重量線が囲む面積をいかに正確に求めたかに大きく左右されます。距離でいうと、浅間山から10キロから100キロ区間の情報が鍵です。

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2009年2月1日の気象庁噴火予知と市町村防災対応

4年前の2004年9月1日、気象庁は浅間山が噴火する可能性を内部では考えていた。しかし同日11時45分に発表した火山観測情報6号を単なる注意喚起に留め、危険レベルを2に据え置いた。その8時間後の20時02分、21年ぶりの強い爆発が発生してしまった。こうして、浅間山では大きな噴火が起こる前にレベル3を宣言できる(山里ほか2004火山)とした気象庁の自信があっさりと打ち砕かれた。しかし、そのあと11月まで数回あった爆発の過半について、気象庁は事前に実質的警告情報を出すことに成功した。

2008年8月8日に気象庁は、浅間山の危険レベルを1から2に引き上げた。

2009年2月1日13時、気象庁は噴火警報を発表して「居住地域の近くまで影響を及ぼす噴火が切迫していると予想されます」と、明確な噴火予知と警告をおこなった。その日は日曜日だった。中日新聞によると、「2日以内に2004年と同程度の噴火は想定できる」と、長野地方気象台防災業務課の大谷晶課長が、長野県の浅間山噴火警戒連絡本部会議で説明したという。

気象庁の噴火警報を発表受けて、嬬恋村は鬼押ハイウェイのうち峰の茶屋からすずらん坂までの7キロ区間を、軽井沢町は白糸ハイランドウェイを、ただちに通行止めにした。おそらく事前相談があったのであろう。どちらも有料区間である。小諸市は、火口から2キロにある火山館を閉鎖した。ただし館内の閉鎖作業に時間がかかり、管理人の下山は翌朝になった。

噴火は2月2日1時51分に始まった。爆発によって山頂火口から放出された火山弾は空中を1キロ飛行した。火口上空2000メートルまで上昇した噴煙(利根砂防東カメラ西カメラ)は北西からの強風に吹かれて移動して、軽井沢から富岡、秩父、横浜に至る狭くて長い範囲に火山灰を降らした。火山灰分布の幅が極端に狭かったのは、風が強かったことだけでなく噴煙が海抜4500メートルまでしか上昇しなかったことにもよる。

噴出量は2万トン程度だった(GSJmap)。爆発音や震動は小さかった。火山弾と火山灰の放出は10分余り継続したから、この噴火様式はブルカノ式だったとは言えない。あえて分類すれば、ストロンボリ式になる。2004年9月16日夜とよく似た噴火だった。

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利根砂防西カメラがとらえた2月2日2時5分の浅間山噴火。山頂から立ち昇る火山灰雲の基部に、火口から噴き出して地面に着地した高温の火山弾が赤く輝いて見える。

2月3日13時、嬬恋村と軽井沢町は鬼押ハイウェイと白糸ハイランドウェイの通行止めを解除した。

Has new magma appeared in Asama crater?

Compare yesterday's airphotos with 2005 airphotos. It is difficult to identify a new lava emplaced on the crater bottom, even though concealed largely by the steam emission.

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12 February 2009 by Nakada at ERI

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IMGP0384m[1] IMGP0390m[1]
20 March 2005 by Hayakawa

音なしで噴煙突出 2月11日7時59分


2月11日0759の噴煙突出。嬬恋村鎌原から長井隆行さん撮影。音は聞こえなかったという。灰噴火中に発生したサーマルです。

火口底を新しい溶岩が埋めたようだ

今朝04時から06時までの火映は明るかった。火口底を1000度の溶岩がすっかり埋め尽くしたのだと思われます。いまは2004年9月16日と似た状況にあるのでしょう。今晩は、すばらしい火映の写真を撮影する絶好のチャンスです。国道146号沿いのハイランドパークからがよいでしょう。月と雲のほかに黄砂にも注意してください。

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2004年9月17日8時の浅間山頂火口底。新しい溶岩が埋めたばかりを読売新聞が空から撮影した。地学雑誌115巻2号口絵写真から転載。いま再び、これと似た状況にあると思われる。

浅間火山北麓の2万5000分の1地質図(500円)は、地元資料館やレストランで販売しています。通信販売も承ります。

後日追記 2004年噴火のあと設置されたまえちゃんねっと2カメラは、火映を撮影するために高感度に設定されている。2004年の火映をよくとらえた利根砂防カメラは、月明かりにじゃまされて、11日04時から06時までの火映をほとんどとらえていない。月明かりがなかっとしても、2004年9月中旬の火映と比べたら、まだまだ暗かったようだ。したがって、火口底に新しいマグマが少しは上昇してきただろうが、上の写真のように火口底全面を埋めつくすまでには、まだなっていないとみられる。
 今回私がしてしまった正しくない推理と同源の誤解は、2月2日2時の爆発について広くあるとみられる。テレビや新聞で大きく報道されたまえちゃんねっとカメラの映像は山頂火口上に真っ赤な噴煙を大きくとらえていて印象深いが、その噴火自体は強さも規模も、浅間山としては、さしたるものではなかった。2004年9月1日の噴火と比べると、放出された火山灰の量は1/10、爆発の強さは1/30だった。火口を高感度カメラで大写しにした技術に目をくらまされて、噴火の大きさを過大評価しないよう注意したい。(2月13日14時, GMT-5)

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まえちゃんねっと2カメラがとらえた2月2日0208の浅間山噴火。カメラは望遠レンズを装着して高感度に調整されていた。迫力のある写真だが、浅間山の噴火自体は2004年9月16日夜と同様のものだった。

2月9-10日の火山灰放出率は60kg/s程度

2004年9月16日は、浅間山が青空を背景に静かに灰噴火した日です。軽井沢アウトレットが火山灰にまみれました。24時間で5万トンの火山灰が浅間山の山頂火口から出ました。火山灰放出率を見積もると、600kg/sになります。火山灰は東京まで達しました。

さて、これと比較して、2009年2月9日朝から翌10日夕刻までの噴出率を見積もってみましょう。噴煙の高さはずっと低いです。火口の真上にまっすぐ伸びる柱がありません。すぐ風に押し流されていました。したがって、放出率は1/10の60kg/s程度だったろうと思われます。この放出率が24時間続くと、5200トンの火山灰が空中に吐き出されます。

いまは夜間になって南からの画像情報が入手しにくいですが噴煙は弱まっているようです。おそらく10kg/sくらいまで低下しているだろうと想像されます。

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浅間山からの火山灰放出続く 2月10日

2月9日0746から始まった浅間山からの火山灰放出は、22時間たっても収まりません。9日の火山灰は北東に向かって北軽井沢に降りましたが、10日朝になって風向きがやや変わり、いまは東に降っているようです。降灰の量はごく微量です。噴火開始から22時間たちましたが、まだ1万トンに達していないと思われます。2004年の噴火になぞらえると、9月14日と同じ状況にいまあると理解されます。

2004年との違いとして、夜間、山頂に明るい火映が見えないことが注目されます。2月2日2時の爆発で火口底に深い穴が開いてしまい、高温部分の地表露出が限られてしまったのだと想像されます。

2004年噴火の詳細に関心をお持ちの方は、地学雑誌115巻2号に掲載した論文と口絵をご覧ください。Pdfファイルを無料でダウンロードできます。

モンプレーの山頂溶岩ドームはいつも雲の中

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(左)モンプレーの山頂(1397メートル)は、1929年溶岩ドームがつくっている。登頂を果たしたあと、1902年溶岩ドームとの鞍部につくられた避難小屋をめざして下った。強風にあおられてガスに巻かれたが、ときおり青空がのぞいた。
(右)海岸は晴れていても、山頂溶岩ドームはいつも雲に隠れている。その湿気のために、まだ100年しかたっていない溶岩ドームだとはとても思えない密な植生に覆われている。

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霧の中、山頂を目指して急坂を登る。

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(左)丘の上に建つモンプレー火山観測所。グスコーブドリ所員がいまにも出てきそうなたたずまいだ。(右)火山観測所から見たモンプレー。山麓を取り巻く扇状地は、雲仙岳や榛名山を思わせる。

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マルチニーク島はラム酒の製造で有名だ。良質のサトウキビと、山から湧き出すおいしい水でつくられる。

マルチニーク島への行き方は、続きをお読みください。

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モンセラ島からの噴煙


マルチニーク島からプエルトリコに向かう航空機から、噴煙をたなびかせるモンセラ島を遠くに見ることができました。スフリエールヒルズ火山が1995年から噴火を始め、熱雲で麓のプリムスの町を壊滅させました。昨年12月にも海まで達する熱雲が出ました。

いまモンセラ島に観光目的で行く人はほとんどいないようです。カリブ海の島々を紹介する英文トラベルガイドが手元にありますが、全788ページのうちモンセラ島には6ページしか割かれていません。マルチニーク島は28ページを占めています。

モンセラ島の壊滅的打撃と雲仙の幸運

モンプレーの溶岩ドームは榛名二ツ岳とよく似ている

西インド諸島マルチニーク島へ9日間行っていました。

2月5日にモンプレーの山頂に立ちました。強風と霧の中の登山でしたが、ときおり青空がみえて、カリブ海まで見渡せました。

溶岩ドームとそれを取り囲む「カルデラ」は、榛名山の二ツ岳とオンマ谷にそっくりでした。二ツ岳にはピークが三つありますが、モンプレー山頂にも三つのピークがあります。北側の二つが1902年溶岩ドーム、南側のひとつが1929年溶岩ドームです。1397メートルの山頂は1929年ドームがつくっています。

セントへレンズも1980年代に溶岩ドームをつくっていったん静かになったあと、2004年10月から再び溶岩ドームをつくりました。二ツ岳も古墳時代の噴火は20~30年の時間を経て二回あったことがわかっています。デイサイトの溶岩ドームをつくる噴火は、25年くらいの時間差で二回連続することがむしろ普通なのかもしれません。

モンプレーの溶岩ドームは、雲仙岳に1991年に新しくできた溶岩ドームともそっくりでした。1902年5月8日のサンピエールの悲劇と同一視されたくないとして広報を控えた当時(1991年5月末)の行政判断の誤りが悔やまれます。まったくの同一物だったのですから。

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(左)モンプレーとサンピエールの町並み。1902年の噴火時に2万8000人が住んでいたサンピエールの人口は、いま5000人だという。政治経済の中心地は、南部のフォートデフランスとラメンティンに移ってしまった。マルチニーク島全体の人口は40万人。伊豆大島よりずっと大きくて都会だ。日本で言えば、淡路島か佐渡島といった感じか。(右)1902年5月8日の熱雲によって、モンプレーに面した石積みの壁はことごとく破壊された。

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この牢獄にいたひとりの男が、大やけどをしながらも、助かったという有名なエピソードがある。実は、靴屋も助かって、生存者は2名だったということになっている。牢獄は、石積みの壁によって熱雲から守られた。

ブルカノ式だったのですか? 浅間山2月2日噴火

2月2日の浅間山噴火はブルカノ式だったのですか?

マルチニーク島への旅行から帰って、インターネットをまだ15分しかチェックしてないけど、爆発音の報告をみつけられません。東京にも灰が降ったようですが、噴出量はいかほどですか?単位面積あたりに灰が降った量の地図が複数みつかりましたが、それらを積算した噴出量の数字をみつけることができません。

GSJがいったん10万トンと書いたあと、2~3万トンに変更したことを知りました。2004年9月1日の1/5程度。前橋に灰が降った同年11月14日爆発と同程度です。私の浅間山ページ

大きな爆発音を伴う単発のサーマルだとブルカノ式爆発を定義すると、2月2日の浅間山噴火はそれに当てはまりません。大きな爆発音はありませんでした。

2004年9月1日の噴火を六里ヶ原休憩所で体験したうめさん(レストラン ボン・ヴィボンのオーナーシェフ)は今回の噴火体験を次のように書いています。

今回は
特に音は前回よりは随分小さな音だったと思います。

振動もそれなりに続いていましたが
細かい揺れと言っていいと思います。

深夜だったのと
快晴だった事が重なって
山頂の赤さがすごく目立って不気味でした。
火口から立ち上る噴煙も真っ赤に見えました。


火口の西2キロにある小諸市営の火山館の保守管理者は次のように書いています。

二人で昼メシを食べて居ると午後1時にレベルが上がったと知らせがあり登山者は全て緊急下山するように手配しなければいけないのでtokkoさんは慌ただしく去っていきました。私はといえば戸締まりや水の始末をしなければならず、一人でやるにはなかなかの作業で下山は翌日になり、その夜は熟睡しておりました。未明の二時過ぎに携帯が喧しく鳴り出し、そのまま何回もかかっているのでさては噴火したかと気象庁のホームページを覗くと(一時五十一分に噴火)とのこと、私が寝ているのはその噴火口から2キロ程、何も聞かず地震も感じず


噴火は単発ではなく10分程度続きました。噴煙の高さも2000メートル程度と低かったようです。ブルカノ式よりむしろストロンボリ式に近かったようにみえます。浅間山の噴火様式が今後どのように変化していくかに注目しましょう。

2004年9月1日のブルカノ式爆発のあとは、2週間後にストロンボリ式噴火が起こりました。20世紀に何度も繰り返したブルカノ式爆発とは様子が異なってきたようにみえるのが、気になります。

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浅間山の立入規制と危険レベルの推移

2001年
7月23日 28年ぶりに山頂登山解禁(小諸市)。前掛山まで登山可能。

2002年
6月20日 火山観測情報
6月22日 臨時火山情報

2003年
2月6日 噴火
11月4日 気象庁が浅間山火山活動度レベルの提供開始 レベル2

2004年
1月28日 浅間山登山規制調査検討委員会
3月15日  浅間山火山対策会議
4月1日 小諸市告示
7月1日  軽井沢町告示
7月20日 レベル1
7月31日 レベル2
9月1日 噴火。臨時火山情報、レベル3

2005年
6月21日 レベル2

2006年
9月22日 レベル1

2007年
12月1日 気象業務法改正、噴火警報導入、レベル表改訂

2008年
8月8日 レベル2

2009年
2月1日13時 噴火警報、レベル3、鬼押ハイウェイ通行止め(レベル3超に相当)
2月2日02時 噴火
2月3日10時 鬼押ハイウェイ通行止め解除
4月7日13時 レベル2