「関東ロームの堆積は東京では一万年当たり一メートルの速さでおこり、一万年に一〇〇回ほどの(富士山の)大噴火が一回に一センチほどの火山灰を堆積させた累積効果だとみられている」と貝塚爽平は書いた(貝塚、1990、35ページ)。富士山の噴火頻度を100年に1度とみるのは火山学的に妥当だが、1回の噴火で100キロ離れた東京さらには関東平野全域を厚さ1センチの火山灰で覆うとみるのは、富士山の噴火能力を何桁も過大評価している。
厚さ1センチの火山灰は、1平米あたり10キログラムにもなってしまう。そんなにたくさんの火山灰が東京に降り積もったらたいへんだ。富士山が噴火しても、東京にそのような脅威は生じない。ただし今まで一度だけ、東京に1センチを超える火山灰が富士山から降ったことがある。前回1707年12月の噴火だ。この噴火は富士山誕生以来最大の爆発的噴火だった。例外だった。
近年の浅間山噴火と比較してみよう。1982年4月26日噴火のとき10キロ離れた軽井沢に降り積もった火山灰は1平米あたり150グラムだった。2004年9月16日噴火のときは50グラムだった。厚さにすると0.1ミリ程度である。このとき100キロ離れた東京に降った火山灰の厚さは0.01ミリ程度だった。貝塚が想定した1センチの1000分の1にしかすぎない。さらには、浅間山の火山灰が降った範囲は幅20キロ程度の狭い範囲に限られた。関東平野全域を一様に覆ったわけではない。100年に一度の富士山噴火で東京を含む関東平野全域が厚さ1センチの火山灰で毎回覆われたとした貝塚説を火山学は支持しない。関東ロームは富士山が噴火して「直接」堆積してできた地層ではない。
関東ロームは、草が枯れて土が露出した斜面に強風が吹きつけたときに巻き上がった埃が近隣の林床や草むらに堆積したものである(早川、1995)。レスと呼んでよい。このような気象条件は、毎春に数日だけ実現する。こうしてロームは毎年0.1ミリずつ堆積する。100年で1センチ、1万年で1メートルだ。草つきの平坦面にだけ堆積する。裸地には堆積しない。
ロームは、火山が噴火しなかったときの堆積物である。ロームの間に挟まっている火山灰が、その年に近隣で大きな火山噴火があったことの証拠である。火山はめったに噴火しない。ふだんは静かな時を過ごす。
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