早川由紀夫の火山ブログ

Yukio Hayakawa's Volcano Blog

阿蘇2016年10月8日噴火

・01時46分、ブルカノ式爆発。空振、地震、停電。
・高さ12キロ(FL390、ひまわり8号/VAAC)
・4.5キロ北東に5センチの小石。窓ガラスを割る。
・噴出量20万トン

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等値線は、1、0.1、0.01 mm。

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トムラウシ

Date: Tue, 4 Aug 1998 16:21:49 +0900
Subject: [tephra:00457] トムラウシ


トムラウシ(2141メートル)の報告です.

1998年7月30日に登り,南沼キャンプ場で一泊して,31日に下山しました.家族連れを含む多くの登山者が日帰りでトムラウシ登山をしていた.ふもとの国民宿舎「東大雪荘」をベースにするとよい.私はキャンプ場に泊まって,ここの温泉にはいりました.350円.露天風呂がきもちいい.

オホーツク海高気圧が陣取っていて,登山する朝には雨に降られた.登山中も霧に視界を閉ざされていたが,山頂に出ると晴れていた.山頂からみると,標高2000メートル付近に雲海があり,その上に,十勝と旭岳の山頂だけが飛び出していた.十勝ピークのすぐ右となりの雲海からいつも入道雲が雲海を突き抜けて300メートルほど上昇していた.これは62-2火口からの水蒸気柱であることをこのあと確認した.トムラウシ山頂滞在22時間のほとんどが快晴だった.

さて火山学の調査結果です.

けつろん:トムラウシは完新世火山ではない.最後の噴火はおそらく14万年前.

理由:
1)Ta-a, Ko-dを挟むピート中にトムラウシからのテフラは挟まれていない.
2)地形的にもっとも新しくみえる山頂ドーム溶岩の角がとれていてコケに覆われている.また,よく日焼けしている(この特徴が登山者にいい山だと言わせる主たる理由のようだ).
3)そのK-Ar年代は14万年,15万年という(石崎ほか1995岩鉱225-233).

ことしは北海道も雪解けが早くて,水を確保するのが難儀だった.北沼は暖かかったので泳いだ.温泉が涌いているのかしら?

十勝岳

Date: Tue, 4 Aug 1998 16:21:56 +0900
Subject: [tephra:00458] 十勝岳


十勝岳にも登りました.
登っただけでなく,山麓も回りました.
八月の第一週末と重なったので,富良野・美瑛はたくさんの人だった.

太平洋に面した十勝平野と違って旭川盆地は晴れていた.

まず驚いたのは,「丘のまち美瑛」「ラベンダーの富良野」の波状地形の美しさです
.この地形は,西ヨーロッパやアメリカ東海岸(パッシブマージン)の地形とよく似
ている.地形だけでなく,その上に小麦が植えられていて,谷間には森に囲まれた家
があって,まるでドイツにいるような錯覚を覚えました.

多くの観光客をひきつけるこのエキゾチックな地形が,約100万年前に噴出した十勝
火砕流の堆積面をもとにして作られていることを知ってうれしくなりました.

100万年前の火山平坦面は白河にもあるが,そこはかなり傾斜していて,平坦面はす
くない.ここはそのほとんどが平坦面にちかく,畑作利用を提供している.

火砕流堆積物の表面が何度もの氷期を経験して,そのときの凍結融解作用によってこ
の波状地形ができたのだろう.道路脇の深さ2メートルほどの断面に凍結融解作用に
よるとおもわれる(礫の移動による濃集)構造が見えたし,地形凸部には砂丘の断面
がみえた.

火砕流堆積物の上には,(条件がいいと)ロームが50cmほど,クロボクが50cmほど堆
積している.クロボクの中には,細粒軽石からなるTa-a(1739)をみとめることがで
きる.しかし,恵庭aや支笏Spfa1などはまったくみられない.火砕流堆積物を覆うレ
スはすべて完新世のものだろう.しかしそれにしては(いくら北海道だといっても)
標高が低すぎるのではないか.高いところで400メートルだから.火砕流堆積物とい
うやわらかい地層の表面は凍結融解作用をうけやすいのだろうか.

富良野盆地は標高200メートルの平らです.これは断層によってできたらしい.まっ
たく平らなのは,十勝岳から泥流が何回も押し寄せてきたからではないか.そこは水
田になっている.「はるゆたか」というおいしいお米はここの産らしい.

そのほか見たこと考えたことを箇条書きします.

1)ベベルイ基線という直線道路のほぼ中間(たぶん自衛隊敷地内)で,粗い軽石か
らなる厚さ3メートル以上の降下テフラをみつけた.十勝火砕流堆積物の直前に噴出
したものだろう.この露頭は,噴出源の南西という「あさって」の方角にあることに
注意.

2)Ta-a, Ko-dがこの地域のクロボク中によく残っているのは,それらの噴火が積雪
がないとき(夏)に起こったからだ.もし積雪期に降下したなら,数cm以下のこんな
地層は雪解けとともに流されてしまっただろう.

3)十勝岳の火山砂防の施設にびっくり.とくに「十勝岳火山砂防情報センター」は
すごいですねえ.これは多目的施設ですね>伊藤さん.白金温泉に高層ホテルが新し
く二つも建ったことにもびっくり.

4)1988.12.25クリスマスの熱雲は,積雪期だったにもかかわらず樹木を押し倒して
います.これはいったいどうやって倒れたんだろう.白骨化しているから,ただ倒れ
ただけでなく焼かれたと思われる.この倒木帯に残された堆積物はどんなんだろう?

5)東側登山口で,Ta-aとTo-E3のちょうど中間に十勝の降下スコリア(最大粒径1cm
)の薄層をみつけた.これは,伊藤さん尾関さんたちに記載がありません.

6)1988年噴火のあとに温度が上がったという吹上露天の湯は,はいれないくらい熱
い.ただし,これは今年の雪解けが早く進んだためにうめる水が足りないという事情
が大きいらしい.

7)62-2火口からの白い水蒸気はかなり上がっていた.登山中,風向きによってとき
おり硫黄が強く匂った.火口に近づくと,水蒸気柱の中心部が黄色く染まっているの
がわかった.

8)北東に19km離れたトムラウシ南沼テント内で7.30夜間就寝中,硫黄臭を感じた(
気がした)が,これは十勝62-2火口からだったのだろうか?

鳥海山

◆鳥海山1998.10.6

鉾立から登りました.御浜までの登山道はたいへん親切に整備されていました.近い
将来,雅子さまがお登りになるのかしらと思ったほどでした(羅臼岳の岩尾別登山道
はまさにそのために改良されました.平が岳登山道では物議をかもしています).

さて1450mふきんのそうした石畳のすきまからオコジョが顔を出しました.地下にほ
どよいトンネルがあるらしく,私をさほど恐れることなく,いろんなすきまから出た
り入ったりしていました.

そのあたりはササ原でした.よほど積雪が厚いのですね.ブナは標高1300mくらいで
なくなります.さすが東北の山です.上越の山なら1600mまでブナがある.

1500m ふきんで十和田915火山灰をみました.厚さ1センチほど.10cmの泥炭に覆われ
ていました.

鳥海はタフリングです.鴬色のスコリアからなります.扇子森の東斜面の上に5mほ
どの大石がのっていますが,これは鳥海湖の噴火のときに吹き飛ばされてきた石でし
ょうか?700m 程の距離です.

鍋森溶岩ドームは完新世だと思いました.鳥海湖タフリングは完新世の古いほう.扇
子森南の溶岩ドームは更新世末期だろうと思いました.

月山

◆月山98.10.7

羽黒山から月山六合目ふきんの道路沿いは,美しいブナの森.水もおいしい.

六合目に大きな駐車場あり.キャンプできる.露頭もあり.

八合目から登山道が始まりますが,苗場山とよく似た,傾斜面の上に池糖(ちょっと字がちがうな.チトウと読んでください)が点在する風景.のんびりした山です.

八合目すぐ上の弥陀ヶ原の泥炭中に十和田915火山灰があります.

羽黒町にある月山ビジターセンターはたいへんよくできた施設です.環境庁もときどきいい施設を作る.たぶん作る人個人のセンスがかなり効くんだろうな.政治的センスもふくめて.○青社などの業者におんぶにだっこの施設ばかり見せられてきた目にはとても新鮮にうつったビジターセンターでした.

苅谷(1995地理学評論260-272)は,月山で礫の風化皮膜を測った論文です.斜め読みした限りでは,斜面が安定化した年代を知る目的には風化皮膜は役に立たないという否定的結論を得た論文です(むかし苅谷さんからこの別刷謹呈をうけたとき,否定的論文を書くヒマがあったらもっと別のことをしろ,と憎まれ口をたたきました.ごめんね).

たしかに,数千年の時間を議論する目的には風化皮膜は役に立たないでしょう.風化皮膜が役に立つのは,アメリカなどでの例を見ると,数万年から数十万年の時間を議論するときのように思われます.
http://www.edu.gunma-u.ac.jp/~hayakawa/fieldguide/p/US/CA/calif.html

地衣類(コケとはちがう)は数年から数百年の時間の議論に使えると思います.

苅谷さんが興味をもっている数千年を測る道具は何がいいんかねえ.

吾妻山

[吾妻山1993.11.7]

吾妻小富士のテフラは北北東1.2kmの乙女坂でよく観察することができる.高速火砕流の堆積物であると思われるジャリのほかに,降下火山灰やラハール砂礫層が認めれる.炭化樹木も含まれている.ラハールの最上部には,1cmの黄色い火山シルトガラスがある.これは5400年前の十和田中掫らしい.すなわち,吾妻小富士は5400年前の1回の噴火でできたとみなしてよいようだ.

吾妻小富士の南の縁は塩ノ川で切られて内部が露出している.最下部に軽石まじりの礫層がある.その上にパン皮火山弾を多く含む層がある.なかなかいいパン皮火山弾がここでは人目を気にせずに拾える.その上の主部は褐色,朱色,黄色,青色などの崖錐礫からなる.冷却史の違いで色の違いが生じたのだろう.上のほうに厚さ0.5-3mの薄い溶岩流が2層準みえる.スコリア丘の形成中に南東麓に流れ下った溶岩流だろう.崖錐斜面からなるスコリア丘の一部が川による浸食をうけて,より低角の安息角斜面からなる別の崖錐をつくるのは,スコリア丘斜面が(1)高温時につくられた斜面であって安息角が急だった,(2)スコリア丘斜面が本当の崖錐斜面ではない,のいずれかの理由によるものだろう.

いま,吾妻小富士はスコリア丘と書いたが,これを構成している粒子はよく発泡したスコリアは少なく,ほとんど発泡してない岩塊が多い.いってみれば岩塊丘か.火口の直径が底径にくらべて大きいことは,この火山噴火が爆発力の強いものだったことを物語っている.火口内壁をのぞくと,成層した岩塊や火山礫や砂の層がみえる.これらはうぐいす色のシルトでかたくなっている.タフコーンと呼んでもいい火山体だ.とくに,南側火口縁最上部の地層はそうだ.火口縁は北西側がもっとも低く,そこから溶岩流を溢れだしたことが,左右の火口縁最上部ふきんに堤防として残った片レンズ状溶岩からわかる.火口縁が高くなるとどちらも薄くなって消えてしまう.低い北西側から流れ下った溶岩流は乙女坂を越えられずに東に流れて微温湯温泉に達した.

この火山の噴火割れ目は北北西-南南東方向に開くのが常だ.1895年大穴火口の北北西壁にはダイクの断面が露出している.

福島飯坂温泉の公立学校共済あづま荘は温泉街の北にあり,新しくできたバイパスでいける.0245-42-3381.夕食4000円にすると9900円だ.くせがなくてなかなかよい温泉.

米林1989第四紀研究103-109.両輝石,カンラン石を主とし,角閃石をまじえる厚さ6cmの褐灰色細粒火山灰.泥炭の中約5000年前の層位.

千葉ほか1991砂防学会予稿集362-365.1893年噴火のパン皮火山弾は,カンラン石含有両輝石安山岩.

安達太良山

[安達太良山1993.11.8]

阪口(1989)の沼ノ平溶結火砕物は沼ノ平火口を取り巻いて最上位に分布し,安達太良山山頂もつくる.やわらい下の降下堆積物を溶結した地層が保護してビュート地形をつくっている.安達太良山頂のすぐ下の登山道脇には,やや発泡が悪い軽石が見つかる.山麓の二本松軽石または岳軽石に連続するのだろう.年代は数万年前である.

奥岳温泉から勢至平までのあいだのジープ道の切り割りの赤土断面に,1cmほどの軽石粒とホルンブレンドを含む結晶粒からなる厚さ10cmの軽石層がみつかる.これは,西南西へ70kmはなれた沼沢沼から5000年前に飛来降下したテフラである.この軽石の上の赤土と黒土中には,粘土層と火山砂層からなる小噴火堆積物が5-6枚認められる.残念ながら榛名二ツ岳軽石は今回の調査ではみつからなかった.軽石層の下にも火山砂層が2層認められる.沼ノ平火口から6km離れた岳温泉四丁目では姶良丹沢火山灰の下にも顕著な火山砂層が2層認められる.ここでは,そのずっと下によく発泡した軽石からなる厚さ2m以上の岳軽石がある.

勢至平と烏川はごく最近ラハールに覆われたらしく,地表面直下にその堆積物がみられる.

沼ノ平火口の真東にあたる勢至平は標高1400mまで裸地が広がっている.そこでは,風化被膜をもった溶岩塊が斜面を覆っている.一方,南にはずれた五葉松平は最近の噴火の悪影響からのがれて標高1500mまでが樹林帯となっている.キタゴヨウの木がめだつ.

岳温泉交差点角の岳の湯は入浴料300円.宿泊は3350円.無料駐車場が北西へ100m離れた交番の脇にある.

磐梯山

◆磐梯山1998.10.3

磐梯山ゴールドラインかの八方台から登るのがもっともポピュラー.赤埴山林道の終
点にも大きな駐車場があって,そこにもたくさんお車が駐車されているのが,櫛ヶ峰
山頂から見えた.

中ノ湯のそばには火口湖があり,水蒸気爆発粘土がクロボクの間に挟まっているのが
そばで確認できる.中ノ湯はもう営業していないようだ.

中ノ湯のすぐ東に,1888崩壊の時の滑りかけ土塊(700m x 150m)がある.これは,
八ヶ岳888の稲子岳とよく似ている.
http://www.edu.gunma-u.ac.jp/~hayakawa/volcanoes/yatsugatake/index.html

櫛が峰の西斜面の下部にはタフリングの断面が露出している.その上を二三枚の溶岩
が覆っている.1888崩壊は,タフリングのような脆弱な地層の上に重い溶岩がのって
いたために生じたのではないか.また,中ノ湯を通る東西方向に熱水変質帯が伸びて
いることも,この崩壊を起こすために一役買っただろう.もっとも基本的事実は,大
磐梯の北側斜面の上に形成された小磐梯が,地震に揺すられて(あるいはケチな水蒸
気爆発がひき金となって)崩壊したということなんだろう.

八方台登山道のうち,ブナがあるところは1888年にやられていない地表だ.

弘法清水小屋がのっている斜面だけ,磐梯火山の原斜面がよく残っている.

沼の平には1888年の堆積物の現地形がよく残っている.ここは調べればまだまだいろ
んなことがわかりそう.

下山したら,南麓の押立温泉さぎの湯旅館で温泉に入るといいです.500円.

荒船山と妙義山

荒船山1995.4.27調査

・クロボク/ローム/200m溶岩流/パラゴナイト/凝灰角礫岩がほぼ水平に重なる.卓状火山か? 似た溶岩は,北へ,物見山・八風山にもあり.南北の割れ目に沿って噴火したか? あるいは経塚山が出口か?
・溶岩流はガラス質.斜長石・輝石.柱状節理.一杯水から上が溶岩.一杯水でサンプリングした.
・パラゴナイトはうぐいす色シルト.正級化層理あり.豆石といえるものあり.
・凝灰角礫岩は,急冷縁をもった1m以下の溶岩角礫が火山灰基質のなかにういている.

・八風山の西から浅間がよくみえる.写真をとるのにいいポイントだ.

野村・小坂(1987群馬大学教養部紀要21:51-68)によると,荒船溶岩(普通輝石安山岩)は,本宿層に属し,900万年前のカリウム-アルゴン年代をもつ.中新世らしい.


1994.6.17調査
妙義山

・高温酸化して赤色になった石をはじめとする色とりどりの石.Tuff breccia
・軽石まじり
・急冷縁をもつ岩塊
・fallout,細粒層,ユニット境界,ほとんど水平(第二石門ふきんのクサリ場)
・降下軽石,褐色シルト(第四石門から中之岳神社に至る道)

野村・海老原(1991群馬大学教養部紀要25:109-117)によると,妙義山の二ケ所で採取された複輝石安山岩のカリウム-アルゴン年代は,4.77,4.66Maと測られている.鮮新世/中新世境界にちかい鮮新世である.

志賀高原

志賀高原の火山 (ver. 3.1)

層序   

地表/1cm/0.5cm草津1882火山灰/25cm/0.3cm妙高大田切/5cm/1cm岩片(草津殺生?)/8cm/2cm浅間E2/13cm/3cm妙高赤倉/3cm/2cm浅間E1/15cm/0.1cmアカホヤ/10cm/志賀山/50cm/20cm浅間嬬恋/200cm水成シルト/鉢山
鍵テフラの年代  浅間E2(5.0ka)浅間E1(6.1ka)鬼界アカホヤ(7.333ka)浅間嬬恋(15ka)
模式露頭  地点7 志賀山肩
地点8 鉢山北東700m 標高1960m
      地点11 鉢山南

志賀山(2035.5m,M4.6,10ka)

東西に400mはなれた二つの火口をもつ溶岩丘である.火口は溶岩栓で埋められている.そこから北へバラの花びらのような厚い溶岩が流れ広がっている.この溶岩台地は「おたの申す平」とよばれる.角間川をはさんで西にある坊寺山から展望すると,この溶岩が流れた様子がよくわかる.空中写真で表面微地形がよく観察できるので,この溶岩流は氷期のきびしい浸食を経験していないはずである.西の赤石山に接したところでは,川をせき止めて強酸性の大沼池をつくった.四十八池の北には火口と思われるくぼ地があり,その東の地表を礫まじりの淡褐色粘土がおおう.

黄土色粘土のなかにオレンジ色スコリア・水冷鴬色スコリア・岩片がまじった噴火堆積物が鉢山とその周辺に分布する.これは志賀山から飛来したものであろう.浅間E1軽石(6.1 ka)の下7cm,嬬恋軽石(15 ka)の上50cmにある.志賀山溶岩の上にもこれと同じ堆積物があり,10cmの黒泥を挟んで鬼界アカホヤ火山灰(7.333ka)におおわれている(地点7).溶岩の上には嬬恋軽石がまったくみつからない.噴出したばかりの溶岩の上に黒泥が堆積しはじめるまでにはしばらくの時間がかかるだろうから,その時間を1700年とみて,志賀山の噴火は1万年前に起こったと考える.溶岩マグニチュードMは4.6.テフラMは3である.鉢山南麓では,志賀山テフラの下に不整合で嬬恋軽石があらわれる.

鉢山(2041m,M5.2,20ka)

内部は露出していないが,鉢山はスコリア丘であろう.底径1000m,火口径300m,比高150mである.スコリア丘が完成する前にこの火口から角間川にそって厚い溶岩流が流れ出た.溶岩M5.2,スコリア丘M3.7.溶岩流表面には琵琶池・丸池・蓮池・長池などのくぼ地と小丘が交互に出現する奇妙な地形が見られる.溶岩流の下に厚い湖成シルトがあって,それがすべってつくられたのかもしれない.この溶岩流の上に湖ができたことは事実のようだ.幕岩ふきんに湖成層が露出するという.

スコリア丘と溶岩流は嬬恋軽石(15 ka)におおわれている.嬬恋軽石と溶岩塊との間には厚さ200cm程度の「ローム」が挟まっている.この「ローム」は新鮮な露頭では灰色を呈するから,長い時間かけて堆積したレスではなく噴火直後に発生した表面流水による堆積物(あるいは湖成シルト)であろう.そもそも標高1800mを超えるこの地域は,嬬恋軽石降下直前は周氷河環境下にあって植生がほとんどなかったはずであるから,レスが堆積したはずがない.鉢山噴火に関連して堆積した「ローム」がきびしい周氷河環境下で浸食されつくす前に嬬恋軽石が降下堆積したことがわかるから,この溶岩流の年令は嬬恋軽石よりたいへん古くはないはずである.おそらく2万年前くらいの噴火だろう.溶岩塊のすぐ上には噴火末期の堆積物と思われる火山砂や火山砂礫がみられる.鉢山溶岩のカリウムアルゴン年代は70±50 kaと報告されている(金子ほか,1991,地震研彙報299).

旭山がこの溶岩流の先端だと思われる.横湯川にそった道路脇には,溶岩流側端の崖錐が露出している.湯田中に下る途中の波坂なめさかの溶岩のカリウムアルゴン年代は240±60kaである(金子ほか,1991,地震研彙報299).

草津白根の1800m地点には嬬恋軽石がほとんどないが,志賀高原にはよく堆積している.周囲を高い山に囲まれて盆地状をなしているからか.

早川由紀夫(1994.9.20調査,9.23執筆9.24修正,1995.6.12三訂)
硯川にはきれいなトイレつきの無料駐車場がある.リフトの運行は0830-1630.片道250円.

四阿山

四阿山2340m(1994.9.26月調査執筆)        
前橋5.50/0810鳥居峠0825/的岩1000/2040m峰1100/1210頂上1330/1610鳥居峠


的岩は放射岩脈のひとつ.高さ25m,幅2.5m.冷却によってつくられた亀甲割れ目が表面にある.岩脈がこのように地表に露出してしていることは,それがずいぶん古い時代に形成されたからである.これによって,尾根での地表浸食の深さを知ることができる.ざっと,25万年で25mだから,1m/万年.

放射岩脈はこのほかに,鬼岩など少なくとも4枚あるようだ.合計5枚.ただし,南と西に局在している.
的岩からの展望:烏帽子,蓼科,美ケ原,御岳,乗鞍,穂高,槍,薬師カール,立山,剣,白馬岳.

2040m峰からは村上山ドームなどの地形がよく見える.四阿山の南面から鳥居峠,村上山ふきんは標高1300mくらいにもかかわらず30-20万年前の地形面が残っている珍しい地域だ.高原キャベツの大産地.

溶岩には風化被膜ができている.コケもはえている.

頂上からは,新潟焼山,妙高,黒姫,飯繩,戸隠がみえる.
直径4kmのカルデラ.

的岩山ふきんの嬬恋軽石の厚さは4cm.周氷河作用でうごいた粘土まじり砂礫に挟まれて波状帯で堆積している.

ダケカンバ,カラマツ,ミズナラ,リンドウ,アキノキリンソウ,ノアザミ,マツムシソウ,チシマザサ,コメツガ,ナナカマド,ガンコウラン,クロマメノキ,スギゴケ,アカマツ

白馬大池

風吹大池は,白馬大池火山の一部です.溶岩ドームとそれを切っている爆裂火口地形が新しい.小敷池・科鉢(しなはちの)池などが爆裂火口です.風吹大池は,馬蹄型崩壊地形と溶岩ドームとの間のくぼみに水が溜まったものです.

風吹天狗原などの湿原に泥炭層があり,その間に厚さ2-5cmの粘土質火山灰が挟まれていますが,火山礫がまったくみつかりません.これは遠方(立山?)から飛来したテフラのようです.

結論:風吹大池の爆裂火口は泥炭層より古いらしい.泥炭層の形成開始はだいたい8000年前頃だろうから,白馬大池火山は完新世火山ではない可能性が濃厚である.ただし,溶岩ドームの地形が新鮮だから,後期更新世に噴火したと考えられる.推定最後噴火年代は2万年といったところか.

よその火山:八幡平にも同様の爆裂火口があるが,それも周囲の泥炭中に噴出物がないという.八幡平も完新世火山ではないのだろう.

(1997.8.23調査)

鷲羽池

北アルプス,鷲羽池火山で起こった6000年前の噴火
早川由紀夫・高田将志

1994年9月に執筆開始するも、雑誌に投稿するに届かず。早川と高田は1994年8月17日に鷲羽岳に登った。

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図1 インデックスマップ。鷲羽池は立山と焼岳の中間、活火山がちょうど期待される位置にある。

鷲羽池テフラ:砂礫まじり粘土質テフラ

基本層序:20cm泥炭/鷲羽池テフラ/5cm泥炭/鬼界アカホヤ
鷲羽池テフラの上下の泥炭の炭素年代は5.07/5.43ka.この時代の炭素年代は数百年若くでることがしられているから,鷲羽池の最後の噴火は6.0kaと考えられる.アカホヤを7.333kaとおもえば(福沢1994第四紀要旨),それが5cm下にあるのはたいへんうまい.
泥炭の堆積速度は,25cm/7.333ky = 3.4cm/kyとなる.これは北海道や尾瀬ケ原で測られている100cm/kyよりかなり遅い.

分布:どうやら南に分布軸をもつようだ.しかし東と北でのデータがないので確かなことはいいにくい.
20cmの等厚線が24km2をおおうから,噴火マグニチュードMは3.7と計算される.

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図2 鷲羽池テフラの厚さ(cm)。AL: 火山豆石、BL: 弾道岩塊(直径50cm)、WS: 湿ったサージ

三俣蓮華岳山頂下の登山道分岐では多量の火山豆石が観察できる.ほかにも2箇所で火山豆石を観察した.
三俣蓮華岳北東斜面にはガラス質の弾道岩塊が地表に露出している.
三俣山荘ふきんには湿ったサージ堆積物がある.
鷲羽池の火口地形は新鮮で,氷食作用を受けていないようにみえる.

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図3 (上)鷲羽池火口。背後は槍ヶ岳。(下)泥炭中に挟まれる火山灰。

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図4 三俣蓮華岳山頂下の登山道分岐で観察できる火山豆石。写真をクリックして拡大すると、火山豆石がよくわかります。

中野(1989)は鷲羽池火口の地形が新しいことに注目してスコリアや爆発角礫層が火口周辺に分布することを報告しているが,北アルプスの広範囲で泥炭中にみつかるこのテフラの存在には言及していない.また,具体的噴火年代についても触れていない.
清水ほか(1988)は鷲羽池ふきんから流した赤沢溶岩のカリウム-アルゴン年代を0.12±0.01Maと報告している.


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乗鞍岳

乗鞍岳の自然誌 1993.9.1

1993.8.28/29に乗鞍岳を訪れた.台風一過の晴天に恵まれて楽しく観察することができた.

アプローチ 中央道松本インターチェンジから1時間(40km)で乗鞍東麓の鈴蘭(海抜1500m)につく.ペンションなどの宿泊設備が豊富.さらに30分のドライブで山頂駐車場畳平(海抜2700m)につく.

火山の配列 南から北へ剣ケ峰,摩利支天岳,恵比須岳,四ツ岳の順に並ぶ.四ツ岳を乗鞍火山に含めるのならば,さらに北につづくアカンダナ山と焼岳もそれに含めていいかもしれない.北よりの後三者はいずれも溶岩ドームである.南よりの前三者は山頂に直径500~800mの火口をもつ火山錐だ.

地形からわかる新旧関係 もっとも新しいのは,権現池がある剣ケ峰の火口から西へ3.7km流れ下っている権現池溶岩流である.左右の溶岩堤防が権現池までつづいていて,そこから溢れだしたことに疑いの余地がない.

次に新しいのは,剣ケ峰から四方に流れ下っている溶岩流(五ノ池,乗鞍高原など)だ.肩の小屋はこの溶岩流の堤防上にある.このときに剣ケ峰の火山錐が形成されたらしい.南東1kmのところにある高天ケ原はこのときの噴火で火の泉をあびたらしく,丸っこい平坦な山頂をなす.崩壊地の断面に火の泉の堆積物である溶結降下堆積物の断面が観察できる.恵比須岳から西北西に5.5km流れ下った溶岩流もこれとおなじくらい新しい.四ツ岳から北へ2km流れた溶岩流も新しい.

一方,富士見岳と里見岳は変質作用をうけた古い溶岩からなっている.桔梗ケ原の平坦面をつくる溶岩流もこれと同じくらいの年代だろう.四ツ岳をとりまく硫黄岳,烏帽子岳,猫岳も同様に古い.これら古い火山体は随所で大規模崩壊を起こして馬蹄型地形をいくつも見せている.崩壊によってできた岩なだれ堆積物に特徴的な流れ山地形が,西側では,蛇出谷と布引滝付近に認められる.東側の鈴蘭から中平までに認められる平坦面もこうしてできた岩なだれ堆積面ではないか.

堆積物断面からわかる噴火史 剣ケ峰の東斜面のうち,溶岩からなる凸地形以外の表面にはスコリアが厚く堆積している.黒いスコリア層の下に水冷を受けた茶色いスコリアがある.その中にはパン皮状にヒビ割れたガラス質岩塊がたくさん含まれる.このスコリア堆積物は位ケ原の平坦面を厚さ1~2mで覆う.235地点における層序は,ハイマツ/20cmクロボク/18cmローム/25cmピート/130cm位ケ原スコリア/100cm降下粘土/70cmローム/火山砂/赤い乗鞍高原溶岩である.

クロボク・ローム・ピートの堆積速度を1mm/年とみなすと,位ケ原スコリアの年代は630年前と見積られる.ただし,乗鞍高原温泉スキー場リフト下(地点229,海抜1920m)では,このスコリアの上に1mのレスがあるから,この見積りは新しすぎるようだ.地点235の海抜は2540mと高いから,位ケ原スコリアの上の地層の一部が欠けている疑いがつよい.おそらく真の噴火年代は3000年前ころだろう.正確な年代を知るためにはスコリア直上のピートをつかって放射性炭素年代測定することが望まれる.

1mの等層厚線が12km2を覆うことから,このスコリアの体積は0.15km3,質量は7.5 x 1010kg(M3.9)と計算される.スコリアの直下にある降下粘土層の質量もほぼ等量(M3.9)である.このときの噴火で流出したと考えられる権現池溶岩は,平均層厚を20mとみなすと,質量1.1 x 1011kg(M4.0)である.したがって,噴火全体の規模Mは4.4となる.この噴火中には何度もラハールが発生したことが残された堆積物からわかる.それは三本滝を通過して小大野川を下って梓川に流入した.

乗鞍高原溶岩のすぐ上には,厚さ数十cmの火山砂が認められる.これが剣ケ峰火山錐の形成時期を示すテフラだ.位ケ原スコリアまでにレスが平均層厚30cm堆積しているから,その年代は6000年前ころだろう.火山砂やレスに覆われた乗鞍高原溶岩は赤色酸化したブロックが多く,表面に風化被膜は認められない.また,海抜1500mの乗鞍高原でもレスの覆いは1mを超えない.乗鞍高原溶岩と同時に噴火した五ノ池溶岩の地形が新鮮で氷食を受けていないことも,この噴火が完新世に起こったことを示唆する.噴火規模Mは5.1(溶岩4.9,テフラ4.8)である.

宮の原ふきんでロームの下に見られる溶岩塊は風化被膜に覆われていて長い間地表に露出していたことを想像させる.氷期を一度以上経験しているにちがいない.この岩なだれ(?)を起こした山体,すなわち桔梗ケ原溶岩などは十万年以上昔(~30万年前)につくられたのではないか.


まとめ

3ka   M4.4 位ケ原スコリア,権現池溶岩
6ka   M5.1 剣ケ峰火山錐,乗鞍高原溶岩,五ノ池溶岩

    恵比須岳火山錐と溶岩流,四ツ岳溶岩ドーム

~300ka 桔梗ケ原溶岩,高天ケ原,富士見岳,山体崩壊-岩なだれ

湯布院

伽藍岳の1597年噴火

伽藍岳といっても,どこの火山かご存じの人は火山専門家のなかにもそれほど多くないでしょう.

別府温泉の西に伽藍岳・鶴見岳・由布岳という三つの火山が並んでいます.どれも複合溶岩ドームからなる火山です.気象庁は鶴見岳としてこの地域を活火山認定しています.『日本活火山総覧』の記述をよむと,伽藍岳は鶴見岳の北端として認知されているようです.

伽藍岳の南には爆裂火口があり,そこから西へ谷がつくられています.この谷の出口で次のような層序を10月22日に観察しました:地表/7cmクロボク/12cm白色粘土/20cmクロボク/14cmぶどう色シルト/クロボク.

ぶどう色シルトは,およそ2000年前に由布岳から発生した塚原熱雲の堆積物です(小林1984地質学論集24).その上にある白色粘土層はラハールの堆積物であると判断されます.クロボクの厚さを使って発生時期を推定すると,およそ500年前に起こったと思われます.

谷の奥にある爆裂火口がこのラハールの発生源ですが,そこはいまも激しく水蒸気を噴出しています.すぐそばには塚原温泉というひなびた一軒宿があって,湯治客でにぎわっていました.宿の対岸の崖には,岩塊をまじえたこの白色粘土層が厚さ60cmで露出しています.

村山磐の『日本の火山』をみると,1597年9月10日(慶長二年七月二十九日)に「鶴見山破裂し,・・・」(豊国小志,大分県,明治四十四年)とあります.しかし,大森史料や武者史料にこのことは書かれていません.

防災対策という面からいって,誰かが史料原典にあたって調べるべき事例だと思い,紹介しました.

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