早川由紀夫の火山ブログ

Yukio Hayakawa's Volcano Blog

防災行動の指示は市町村長が出す

 

宮崎日日新聞2007年12月25日社説より

気象庁は今月から噴火警報・警戒レベルの発表を始めた。これまでは火山活動についての状況を5段階に分けて危険度を表示するだけで、各段階で住民や登山者らがどういう行動を取ったらいいかは示していなかった。しかしこれからは危険度に応じた防災行動が明確に分かるようになった。


この社説は、今回の改訂で、住民がとるべき防災行動を気象庁が指し示してくれるようになったと読める。しかし、実際はそうでない。気象庁は行政がとるべき対応を例示するだけである。どの地域にどんな対応をとるかは地元自治体が決める。ここでいう地元自治体は、都道府県ではなく、市町村をいう。避難の勧告や警戒区域の設定は市町村長の専権事項であることが、災害対策基本法で定められている。

市町村長は、気象庁が発表する噴火警報を参考にして、みずからが適切だと考える対応をとる、あるいはとらない。この権限は責任と裏腹の関係にある。気象庁が対応の内容を具体的に示してくれるからそれに従えばよいと受身の姿勢でいては、ならない。そこでは、主体的にもの考える力が求められている。問題解決能力が試される。政治家にとって力量の発揮しどころだ。地元の特殊事情によっては、気象庁が指し示した例示とは異なる災害対応をとるのが望ましいと考えられる場合もあろう。本当にそうなら、そうしてよい。

噴火警報・警戒レベルの発表で、自治体が違ってもどんな防災行動を取るべきかの共通認識を持つことができるようになった。


いや、対象火山との位置関係によって、自治体がとるべき防災行動はそれぞれ異なる。火山から5キロしか離れていない自治体の防災対応と50キロ離れた自治体の防災対応が同じだったら、それはむしろおかしい。火山周辺の自治体は情報交換を密にして互いに助け合うことが必要だが、防災対応を横並びにすることにこだわってはならない。各自治体は、それぞれリスクに応じた適切な対応をとることが求められる。その対応は、自治体の地理条件・社会条件によって異なるであろう。ここでも主体的にものを考える力が必要となる。

コメント

気象庁の火山警報批判

2007年の新しい火山警報に関する私見収録 (ver.080108, H. Okada) メモ・・新しい気象庁の火山警報では何が問題か 岡田弘 
1. 警告の遅延 危険性をはっきり推断できるまで火山情報の公表を待つことになり、必要な先手先手の火山情報の発表が遅れてしまい、直撃回避情報としての役を果たさず、またその結果気象庁は見逃し批判をまともに受けることとなる。
2. 解除の先延ばし はっきりした活動低下を自信を持って気象庁が確認できるまで、警戒レベルを下げることは当然ながら躊躇することとなる。従って、もう少しはっきりしたデータが入手できるまでと、レベルダウンに関する火山情報の公表を待つことになる。このため、いったん避難や登山規制が行われた後において、社会的要求のきわめて高い早めの規制解除情報は先延ばしにされ易い。
3. 人材不足 気象庁には、避難や規制まで直接踏み込んだ火山警報を出すことのできる総合科学力のある人材は皆無であり、育成にも10年以上を要し、必要とする人材不足を補うため外部専門家からの支援も受けにくい仕組みになる。
4. 観測データや情報の秘匿 上記の1~3の困難が容易に予見されるが、この困難な課題に対して気象庁が安易に逃げ込むことのできる解決策はただ一つ、社会的な批判を避けるため手の内を見せない行動に走る以外に道はない。結果として議論や評価が分かれる不確定性の高い段階での生データや有用情報の秘匿が起ることとなり、社会的な批判に持ちこたえられないであろう。
5. 行政責任の不明確 行政責任の所在が不明確で、気象庁が住民や地元からの激しい突き上げを直接受けることとなる。 新しい火山警報は、住民に対して避難や、生活上の不便さを直接強要することとなる。近代自由社会では、個人の生存権や生活権に踏み込む行政規制においては(憲法が禁止する戦争は例外として)、市町村長にその責任を託すことが多い。その理由は、選挙で選ばれた首長は、住民の安全や不便についての行政責任を直接取ることができるからである。もちろん、地方政府(州や都道府県など)や国の影ながら支援も必要であるが。
6. 地方自治の根幹への権利侵害 どんなに苦しくとも、どんなにつらくても、住民の命や財産に関する行政責任は、地方自治の根幹である。市町村長自らが、この困難を有能な幹部職員らと共に取り組むことなき安易な解決策はないのである。地方分権の流れにも反し、国権の地方自治の根幹への侵害でもある。気象庁が警報を出すまでは、何もしないでただ待てばよいという、とんでもないやり方で困難な自然現象と付き合うことが強要される。
 皆様のご意見をお寄せください。


  • 2008/01/11(金) 21:18:46 |
  • URL |
  • 岡田弘 #rxhuF57w
  • [ 編集]

ほんとうの困難は自治体側と住民側にある

> どんなに苦しくとも、どんなにつらくても、住民の命や財産に関する行政責任は、地方自治の根幹である。市町村長自らが、この困難を有能な幹部職員らと共に取り組むことなき安易な解決策はないのである。

気象庁がアクションを起こしたから、気象庁に批判意見が集中します。私も気象庁の不備を指摘しました。しかし、ほんとうの困難は自治体側と住民側にあります。経済的にすっかり疲弊してしまったいまの日本の地方は、日々の暮らしに目を向けるのがやっとで、文化的なことがらに時間とお金を使うだけの余力を持っていません。火山防災は、きわめて文化的なことがらだと私は思っています。

三宅島2000年噴火の三宅村と、浅間山2004年噴火の嬬恋村・長野原町を、行政・住民・観光・学校などさまざまな側面から観察して得た私の結論がこれです。気象庁に改善してもらいたいことはありますが、自治体と住民に変身してもらわないとどうにもならない。

では、どうすればよいのか。明快な答えはもちあわせていませんが、ひとつの可能性は緊張関係を導入することだと思います。岡田さんは、減災のテトラヘドロンとして、行政-マスメディア-学者の三者が協力して頂点に立つ住民を支えるモデルを提案なさいました。このモデルでは、四者の間は握手(協力協調)で結ばれています。

しかし実際の火山噴火危機でこれら四者の利害は一致しません。利害は対立します。一番わかりやすいのが、行政と住民の利害対立です。行政は、少しでも危険なら命の安全のために住民を避難させようとします。しかし住民は、避難してしまうと経済的に立ち行かなくなって生活が破壊されてしまいます。避難するのは危険がほんとうに迫ってからにしたい。

いま住民は、行政から出される避難指示に従順であることが無条件に要求されています。防災対応では、行政が住民の上に位置づけられています。これを対等関係にする必要があります。行政と住民の間を緊張関係で結ぶことが必要です。住民が権利意識に芽生え、地域の火山に知的関心をもつくらいまで文化的に成長することが必須です。

→減災のテトラヘドロンは緊張関係で構成すべき
http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-entry-65.html

  • 2008/01/12(土) 10:34:32 |
  • URL |
  • 早川由紀夫 #eWKQhjJU
  • [ 編集]

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