数分が経過しただろうか。「山が崩れてきた」と宿泊客が声をあげて引き返してきた。昭夫さんが外に出て沢向かいの山を見上げると、猛烈な土ぼこりが見えた。
「これはまずい」。慌てて宿に引き返した。「逃げろ」。大声を上げながら、昭夫さんは2階の自室にあがった。バッグに身の回り品をつめた。近くに落ちていた携帯電話を手につかみ、再び1階に下りて裏口から出ようとすると、水を含んだ土砂が押し寄せてきた。
宿泊客が見たのは、駒の湯の対岸で発生した小規模ながけ崩れだったのだろう。その直後に、「水を含んだ土砂」が上流から一気に大量に押し寄せてきて、それに飲み込まれてしまった。上流から襲った土砂には、それに飲み込まれるまで、駒の湯にいた誰ひとり気づかなかったとみられる。
