早川由紀夫の火山ブログ

Yukio Hayakawa's Volcano Blog

水伝道徳がダメなのは自明か

毎日新聞8月18日コラム 「水説:代替医療と民主党=潮田道夫」

それだけなら「やれやれ」で済むが、道徳教育の教材につかわれ出した。「人間も水でできているから美しい言葉を話すようにしよう」と教えるようだ。こういう授業がダメなのは自明だが「どこが悪いの?」という先生が少なくないそうだからコワイ。


【導入】
水伝とは、江本勝さんの写真集『水からの伝言』を中核とした考え方を指す。水に「ありがとう」と言って凍らせると美しい結晶ができる。「ばか」と言って凍らせると汚い結晶になると主張する。

水伝道徳とは、それを使った道徳授業を指す。「ありがとう」と言葉をかけて凍らせた氷結晶の写真を見せたあと、人間の体の60%は水でできているのだから、友達に「ありがとう」と言いましょうと教える。一時期、一部の地域で、小学校低学年児童に対して行われたらしい。いまはあまり聞かない。

【考察】
潮田さんが水伝道徳をダメだとした結論はよいが、それを自明だとしたのはよくなかった。「「どこが悪いの?」という先生が少なくない」と現状を認識したのなら、ダメな理由を説明するべきだった。他人を新聞で非難するのだから理由を説明するのが必須だった。

上記引用の前から読むと、潮田さんはその理由を、水伝が科学的に間違っているからだと考えたようだ。しかし、それはダメな理由にならない。道徳の根拠として科学を使うことがそもそもダメだから、根拠が科学的に正しいか間違っているかは授業がダメかどうかの判断に影響しない。

水伝道徳がダメな真の理由は、その内容が非道徳的だからだ。水伝道徳は人の気持ちを考えない。音波が水の性質を変えるから、水でできている人間の性質も音波によって変わると考える。これは道徳と相容れない考え方だ。道徳を無視した考え方だ。

小学低学年向けの道徳教科書を見ると、金の斧、泣いた赤鬼、モチモチの木など、読む人の心を揺さぶる優れた童話が掲載されている。これらと比べると、水伝道徳の薄っぺらさがよくわかる。

ただしこの非道徳性が、水伝道徳を社会制度として禁止するに足る十分な理由かどうかは、まだよくわからない。私的関係においてなら、水伝道徳の授業を試みようとする同僚教諭を見たときは「止めたほうがいい」と説得してほしいと願う。

【結論】
水伝道徳がダメなのは自明ではない。理由が説明されるべきだ。水伝が科学的に間違っていることは授業がダメな理由にならない。そもそも道徳の根拠を科学に求めてはダメだ。もっと重要な理由がある。水伝道徳は人の気持ちを考えない。その非道徳性がダメなのだ。


【付記】
私がこの結論に至る直接のきっかけになったのは、Hirotaka Osawaさんによるこのツイートです。

@HayakawaYukio 冗長になったらすみませんが、もう一度だけ説明しますと、水伝式の教え方がマズイと思うのは、普通の道徳教育に含まれる「相手は自分と同じ人間だから、丁寧な言葉を言われたら喜ぶだろう」という途中の過程、相手への理解と共感が含まれていないからです


この問題を私はツイッターで3日間に渡って考察しました。その全ツイートがここでご覧になれます。
http://twilog.org/HayakawaYukio/date-100819
http://twilog.org/HayakawaYukio/date-100820
http://twilog.org/HayakawaYukio/date-100821

ツイッターで考えるメリット
1)広く他者からいろいろな意見がもらえる。表現するに適切な言葉も教えてもらえる、
2)それが考察の励みになって問題解決の意欲がわいて、結論まで迅速に到達できる、
3)大勢の人に読んでもらえる、
4)研究の結論だけでなく研究の過程も知ってもらえる。

ツイッターで考えるデメリット
1)一部のツイートしか読まない人に誤解を与えやすい、
2)考察途中で離脱した人には結論が伝わらない、
3)雑音が入るので精神的なタフネスが必要、
4)140字の文字数制限がある(これは工夫によって解消できる)。

【理科の目から見ると】
水伝道徳を道徳の目から見るとダメなことが、はっきりとした理由をもって、わかった。では水伝道徳を理科(科学)の目から見たらどうだろうか。水伝を、1)科学的事実だと説明するか、2)寓話として話すかによって答えは違う。

1)科学的事実だと説明する場合。理科として困る。しかし道徳にも都合があろう。道徳がそうすることに大きなメリットを見出して、理科のデメリットを補って余りあると思うなら授業をやってもらうしかない。

ただし学習指導要領は、「道徳の時間においては、(略)、各教科、特別活動及び総合的な学習の時間における道徳教育と密接な関連を図りながら」と書いている。理科から強い苦情が上がれば、その授業を見直さざるを得ないだろう。

2)寓話として話す場合。理科から苦情をいう筋合いのものではない。もし苦情をいうなら、イソップ寓話など科学的に正しくない他の教材にも等しく苦情を言わなければならない。それは現実的でない。

道徳の授業で水伝を寓話として話すことは、少なくとも(理科がまだ始まっていない)小学低学年には、可能だろう。美しい結晶写真は魅力的な教材となろう。しかしお世辞にもできのいい寓話ではないから、「金の斧」や「泣いた赤鬼」を使った授業のほうが望ましい教材である。

ただし、「バカ」などの悪い言葉がクラスに蔓延しているとき、水伝を寓話的に使ってきれいな言葉を使うよう児童を指導する場面は考えられる。この目的に「金の斧」や「泣いた赤鬼」は代用にならない。

コメント

はじめまして、
6月のエントリー ニセ科学を批判することや、
このエントリーのツイッターのログを拝見いたしました。

確かに
科学的でないことを根拠に道徳を教えるのが公正でないならば、
寓話をもとに道徳を教えるのも確かに公正でないような気がします。
(ついでにいうとありとあらゆる文学作品も公正でなくなってしまう気がします)
というか、まさにこの何が道徳を教えるのに公正か?という議論こそ
道徳の時間のテーマのひとつかなーと思いました。


拝読していてひとつ疑問に、というか解釈に自信がない点があるので
よろしければ お尋ねしたいのですが、
先生は結論で
「そもそも道徳の根拠を科学に求めてはダメだ。」
と、おっしゃっています。
それはつまり、仮に水伝が科学的であっても、
道徳に用いるべきではない。
ということでしょうか?


ちなみに私は動物行動学を志している学生ですが、
ニセ科学を批判することにある
「地質学者:自分がつくり上げた学問体系にまったく自信がないから、ニセを糾弾できない」
には非常にドッキリいたしました。
学生の身分で恐縮ですが、
ときどき動物学も不可能だけでなく、事実すら証明できない、
考察の一部が文学かエッセイに近くなってしまう部分があるのではないか
と感じることがあります。
エセ科学議論を聞くたびに、
自分の研究を反省するばかりです。

  • 2010/09/20(月) 04:16:16 |
  • URL |
  • ささやか #hIewGz8I
  • [ 編集]

コメントと質問ありがとうございます

「そもそも道徳の根拠を科学に求めてはダメだ。」の「ダメだ」は低級(ダメダメ)だの意味で書きました。授業してはダメだの意味ではありません。水伝は非科学的ですが、教諭が授業で扱うのを制止することはできないと考えています。ですから科学的であっても、制止できないと考えます。

低級かどうかという意味では、科学的に正しかろうと間違っていようと、どちらも低級だと評価します。道徳はひとのこころを深く思料するべき。

科学と文学にとくに垣根をつくることはないと思います。両者の垣根をとりはらおうとしたひととして、寺田寅彦と池澤夏樹をあげます。とくに後者を勧めます。大学生に勧めたいおもしろい本
http://www.edu.gunma-u.ac.jp/~hayakawa/edu/hon.html
なんていうページをずいぶん昔につくったことがあります。参考にしてください。

動物行動学はおもしろい学問だと思います。わたしもやろうかなと思ったことがありますが、駒場の点数が足りなくて断念しました。なにも物理学のような体系を持つ科学だけが学問だと思わなくてよいでしょう。そういう体系をもたない学問を志すと、私のような凡人でも、最先端を自分で切り開いている満足感があります。

  • 2010/09/20(月) 05:43:26 |
  • URL |
  • 早川由紀夫 #eWKQhjJU
  • [ 編集]

ご返信と本のご紹介ありがとうございます

大変ご多忙の中
丁寧なご返信をありがとうございました。
水の結晶を持ち出して、
道徳的に正しいことは、
物質的(自然的)に美しい(?)
では、人の心のありかたを考える授業としては不十分だと自分も考えます。

また、リンク先を拝見し、池澤さんの本、非常に興味を持ちました。
本のご紹介もありがとうございました。

動物に関しては、
「うん、そのとおり、僕はそういう意図でやっているんだ」
と動物自身がしゃべってくれればいいな、とよく思います。
あたたかいお言葉、ありがとうございました。

  • 2010/09/22(水) 12:44:59 |
  • URL |
  • ささやか #-
  • [ 編集]

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