早川由紀夫の火山ブログ

Yukio Hayakawa's Volcano Blog

福島中通りの汚染は北からか南からか

福島から郡山、白河を経て栃木県内に入り、那須と日光を汚染した放射性物質は北から来たと私は考えています。3月15日夕刻から翌朝までに起こったと考えています。この解釈を支える観測事実と考え方はこうです。

・今回もっとも大量の放射性物質が3月15日夕刻、飯舘村を通過して福島市に達した。この放射能雲の行き先を探すと、南下したとしか考えられない。
・その時間帯、地上風は北から南に変わった。上層風は相変わらず南から北。そのときの風向き
・飯舘、福島、郡山、白河、那須、日光で3月15-16日に毎時観測された放射線量のピーク時刻は、北から説でうまく説明できる。
・ただし郡山は、前後2回汚染されている。北から説は2回目の汚染をとる。

南から来たと考える方もいらっしゃるようです。議論してください。

コメント

ここがあったんですね。
知らずに、ブログのコメ欄に投稿してしまいました。
ごめんなさい。

  • 2011/09/02(金) 09:00:50 |
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  • のりか #-
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根拠は主に、3月15日の那須町、白河市、福島市の空間線量と同じく3月15日のSPEEDIや他機関の拡散シミュレーションですね。
3月15日の那須町と白河市の空間線量のデータを見ると、線量が有意に上昇し始まったのは、両地点とも13:00であり、データの取り方から、30分の誤差は想定されるものの、ほぼ同時刻に上昇を開始しています。
また、福島市の線量が有意に上昇し始まるのは15:00~15:30です。
この線量の動きにから判断すると、北から、福島市→白河市→那須町の順番で汚染雲が進行したとは想定しづらいものと思われます。
上記の線量の動きと各種の汚染拡散シミュレーションから判断すると(活字で表現するのが難しいので、3月15日のSPEEDIを見ていただくと一目瞭然なのだが)、南東ないし東からの風によって、鞭がしなうように北西方向ないし西方向に移動した棒状の汚染雲(もちろん拡散しながら移動するわけだから、棒状という表現が適当かどうかは分からないが)が、ほぼ同時刻に那須と白河に到達し、その後、福島市に到達したと考えるのが合理的であると思われます。
しかしながら、あの汚染図の矢印を見ると、上記のような動きではなく、福島第一原発から福島市周辺を経由し、そこで屈曲して南西方向に順番に汚染が進行ていると想定されているのだと思われますが。
2011/09/02(金) 08:06:58 | URL | のりか

付け加えるが、南東ないし東方向から移動してきて、一旦、中通に到達した汚染雲が、その後、風向きが北西ないし北向きに変化したため、再度南ないし南東に移動したため、その後の汚染のピーク時刻が福島市→郡山市→白河市→那須町の順番になったのであろう。
ただし、これは、あくまで一旦中通に達したした汚染雲が再移動したものである。
結論的には、汚染が開始された時刻(つまり、汚染雲が到達した時刻)を特定するには、線量のピーク時刻を比較するより、線量が有意に上昇開始した時刻のほうが適当なのでは?
2011/09/02(金) 08:44:14 | URL | のりか

  • 2011/09/02(金) 09:31:14 |
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  • 早川由紀夫 #eWKQhjJU
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放射性物質拡散ルートについて

久しぶりにブログを拝見してコメントします。

http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-entry-409.html に取り上げられているルート(これが最新?)ですが、私の考えはちょっと異なります。この問題については私もゴールデンウィーク頃にいろいろ考えて、以下のページにまとめていました。

http://agora.ex.nii.ac.jp/earthquake/201103-eastjapan/radiation/timeline/

簡単に言ってしまうと、3/15の南から北への拡散は、「東京ルート」から「群馬ルート」への遷移の過程で生じた見せかけのものだという説です。そして「宇都宮ルート」なるものは存在しないと考えています。空間だけでなく時間も含めると、違った解釈が可能というところがポイントです。

いかがでしょうか。

  • 2011/09/02(金) 09:32:35 |
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  • 北本朝展 #iJAP5vPk
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のりかさんへ、

・那須、白河などの線量上昇は、15日に2回あったと解釈しています。1回目は南から、2回目は北から。ピークが2回あったと記憶していますが、きょうあらためてデータ確認してはいません。

・「3月15日のSPEEDI」がどれを指すかわかりません。URLなどをお示しください。

・中通りの汚染をぜんぶ「南から」だけで説明する場合、飯舘村をあれほどひどく汚染した放射能雲の行き先をどう考えますか。

  • 2011/09/02(金) 09:37:33 |
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  • 早川由紀夫 #eWKQhjJU
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北本朝展さま、

ルート図は、8月中旬に店頭に並んだFLASHスペシャルの26ページ(このページにたどり着くまで、いくたの困難があるでしょう)に掲載された三訂版対応ルートマップでは宇都宮ルートを削除しています。ツイッターでは紹介した記憶がありますが、旅行中だったためブログには図をまだ上げていません。

読売新聞に2回掲載された図(7月31日白黒と8月18日カラー)でも同様に宇都宮ルートが削除してあります。

教えていただいた北本さんのページは知りませんでした。北本さんが考える内容は断片的に把握していましたが、ここまで詳細に5月の段階でお考えになっていたとは舌を巻きます。あとでもう一度、時間をとって精読します。

宇都宮ルートが存在しないとまで私はまだ言い切れませんが、ルート表示しないほうがよいくらいで、あったとしても軽微だろうと考えています。山形の汚染が謎です。それから、一関の汚染は13日未明ではなく20日だったのではないかと考え始めています。

いずれにしろ、上記ページを精読してよく考えます。

  • 2011/09/02(金) 10:01:31 |
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  • 早川由紀夫 #eWKQhjJU
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地図から読めることの限界

汚染度マップで濃い地域が繋がっているからといって、放射線濃度の高い場(≒放射能雲)がそれに沿って動いたとは限りません。汚染度マップに残るものは、ある時刻における放射線濃度の高い場 and 雨雲ののスナップショットの積み重ねにすぎません。どちらかが欠けていればマップに記録されませんし、時刻が違う物が畳重されていてもマップから識別はできません。
# 私も、「マップを読まずに」一関および奥羽山脈東の汚染と牡鹿半島とは別の日時のものと考えます

汚染度地図からみえるものは、あくまでも様々なプロセスの結果だけです。結果からプロセスを推定する「逆問題」は非常に困難です。普通は順問題としてのモデル(シミュレーション)を組み立て、結果(汚染度地図)に合うようにモデルのパラメータを変えるということをします。

ですので、汚染経路の考察をしたいなら、シミュレーションのほうが主で汚染度地図のほうが従の関係になります。

  • 2011/09/02(金) 14:20:59 |
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  • 地形屋 #W4yECcMk
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南から説

初めまして。こちらのブログは原発事故発生直後から拝見しております。貴重な情報を有難とうございます。

場所別に放射線量が急上昇した時刻を調べることがヒントになると思いました。
福島県と栃木県内で事故発生直後から、短い時間間隔で放射線量を測定していないか調べました。両県とも県のサイトに測定数値がありました。
福島県 http://www.pref.fukushima.jp/j/7houbu37.pdf

栃木県http://www.pref.tochigi.lg.jp/kinkyu/documents/20110312-18.pdf

線量が急上昇した地点と日時と数値を記載します。

宇都宮市 3月15日8:00 0.08μSv/h 9:00 0.86μSv/h(以下日付と単位を省略)
那須町 13:00 0.08 13:30 0.56
白河市 12:30 0.07 13:00 0.44
郡山市 13:00 0.06 14:05 8.26
福島市 15:40 0.21 15:50 0.86

那須町より白河市の方が早く線量が上昇しているのが「南から説」の弱点ですが、他は南から先に線量の上昇が認められます。

この時期は大気の温度が低いのに対して日射が強いために、上昇気流と下降気流が他の季節より強いです。積雲の雲底近くでは10m/秒以上の上昇気流も珍しくありません。逆に強い下降気流も発生します。
当時、那須町付近で広範囲な上昇風帯が発生していれば、放射性物質の粒子の降下が遅れた、という説明ができます。上空の上昇風と下降風の観測は実施されていないと思います。「憶測に過ぎない」との批判は甘んじてお受けします。 

  • 2011/09/02(金) 14:42:37 |
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  • msmuai #iTjQ6kIY
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  • 2011/09/02(金) 15:57:55 |
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まず、
文科省HP→放射線モニタリング情報→放射線量マップ等の「SPEEDI(文部科学省)」→平成23年3月15日(火曜日)の福島第一原子力発電所(単位放出 WSPEEDI[平成23年3月15日(火曜日)]
のシミュレーション結果を見ていただきたい。

次に、飯館村付近を汚染した高濃度汚染雲について述べるが、これは、あくまでSPEEDIのシミュレーション結果からの推定であることをお断りしておく。

上記シミュレーションによると、南東方向から北東方向に平行移動するようなかたちで移動してきた棒状の汚染雲(福島第一原発から福島市付近までは、一時的に、直接、福島第一原発から北西方向に延びるかたちにもなったのだが)は、中通に達し、ちょうど福島市付近で「く」の字に屈曲する位置まで来た時点で、一旦停止し、暫く滞留した後、拡散しつつ南東方向に移動している。

したがって、南東方向から移動してきて飯館村付近を通過し福島市に達した汚染雲(あくまで、何百キロにも及ぶ棒状の汚染雲の一部)も、一旦停止し、暫く滞留した後、南東方向に移動しつつ拡散し、再度、飯館村→福島第一原発上空を通過した後、海上に出たと思われる。
つまり、福島市付近まで達し、滞留した汚染雲は、その後、拡散しつつ南東に流され、高濃度汚染地域をもう一度なぞることになったため、福島市通過後の痕跡が追えないのではないか。
なお、福島市と飯館村の汚染濃度の違いについてであるが、汚染雲が福島市に達していても、汚染雲のうちで濃度が高い部分が福島市に達するまえに汚染雲の進行が一旦停止し、その後、南東に移動したから、汚染濃度に違いが出たのではないか。
なお、汚染雲が中通に達した時点で降雨に遭遇し汚染物質がフォールアウトし、濃度が低下したとも考えられるが、当時の天候を検証していないので、はっきりしたことは分からない。

加えて言うが、中通及び飯館村付近の汚染が全て3月15日午後から発生したなどとは、全く考えていない。おそらく、何度も汚染された結果、あのような高濃度汚染が発生したものと思われる。
そうではなくて、3月15日夕方から中通及び栃木北西部を汚染した汚染雲は、南東方向から北西方向に移動してきたものが、中通に達した時点で一旦停止、暫く滞留した後、南東方向に再移動しながら拡散したのではないかと指摘しているだけである。

ちなみに、誤解を生みそうなので、念のため注釈しておくが、棒状の汚染雲といっても、まっすぐな棒ではなくて、ひものようにくねくね曲がる棒と理解されたい(SPEEDIを見てもらえば一目瞭然だが)。

さて、福島市と白河市の3月15日の空間線量の推移であるが、それぞれの都市について、3月15日の空間線量1位と2位は、

福島市  18:40 24.24μSV/h 23:20 23.90μSV/h

白河市  20:50  7.67μSV/h 22:40  7.70μSV/h

である。

それぞれの都市について、某週刊誌の汚染拡散マップの矢印に示された通り、1回目は南から北へ汚染雲が移動し、2回目は北から南に汚染雲が移動したため空間線量が上昇したとすると、

1回目
福島市18:40→白河市20:50については、北→南になってしまい、つじつまが合わない。

2回目
白河市22:40→福島市23:20についても、南→北になってしまい、つじつまが合わない。

ところで、2回目のピークの順番が福島市→白河市の順番であっても、このことは、中通に達した汚染雲が一旦停止し、暫く滞留した後、南東方向に移動しつつ拡散したという仮説と何ら矛盾しない。
なぜなら、南東方向から移動してきた汚染雲のなかでも濃度が高い部分が、白河市・福島市を通過し、両市の北西の位置に達した後、一旦停止し、その後、南東方向に移動し、再度、両市の上空を通過した。
そして、福島市のほうが白河より汚染雲のうち濃度が高い部分が行き過ぎた距離が短かったため、一旦停止後の戻りが速かったとの想定が成り立つからである。

また、13:00に上昇を開始した白河市の線量は、17:20には6μSV/hに達し、17:20~23:40は、6~7μSV/h程度を上下し、その後、低下したが、この線量の推移を見ても、南からのものと北からのものの2つの汚染雲が時間差で通過したというより、同じ汚染雲が中通で滞留していたと考えるほうが合理的である。
なぜなら、南から北へ汚染雲が通過し、時間差で北から南へ汚染雲が通過したとすれば、一つ汚染雲が通り過ぎ、次の汚染雲が来るまで、もっと空間線量が低下するはずだからである。

さらに、さきほどの投稿でも指摘したが、汚染雲の到達時刻(初到達)を特定するためには、線量がピークの時刻を比較するより、線量が最初に有意に上昇を開始した時刻によって特定したほうが、汚染雲の停止後の再移動による線量上昇と混同することがないため、より適切ではないか。
ちなみに、3月15日、線量が最初に有意に上昇を開始した時刻は、白河及び那須が13:00、福島市が15:00~15:30であり、この時刻を比較すると、福島市→白河→那須の順序で汚染雲が進行したということは、ありえない。

いずれにせよ、SPEEDIのシミュレーションでは、南東方面から進んできた汚染雲が一旦停止後、折り返して、南東に移動しつつ拡散したことを示しており、このシミュレーション結果を否定するのであれば、その根拠を示していただきたい。

以上の結果から、某週刊誌掲載の放射能拡散マップにおいて、第3ルートの汚染が福島第一原発から北西に進み、福島市付近で南に曲がって、そのまま南に進んで関東山地に汚染雲が進んでいるように矢印が記されているが、これは誤りであり、南東方向から進んできた汚染雲が一旦停止後、折り返しただけのことである。

  • 2011/09/02(金) 17:39:20 |
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神奈川県の0.125ラインについて

早川先生、はじめまして。
いつもこちらの情報を参考にさせていただいています。
ありがとうございます。
私は神奈川県相模原市在住なのですが、
以前ツイッターで神奈川県の0.125ラインについて情報が欲しいということと、
その後変更すると言うことが書かれていたので、
この記事にコメントするのは相応しくないけれど書きます。
私と同じ相模原市の方で、毎日のように線量を測定してくれている方のブログがあります。
神奈川散歩・自由に考えてみようhttp://blogs.dion.ne.jp/sampo/
です。
そこでは事故後0.10~0.21μSV/h(記憶の範囲で)が測定されています(0.21は最近のこと)。
0.15付近が多いようです。
マップの参考になりませんか?
神奈川県の情報があまり出てこないのですが、
上記ブログの値をみていると結構高いので不安になります。

  • 2011/09/02(金) 19:17:54 |
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3月15日のアメダス風速データによると、同日17:00以降、白河の風向きは南ないし南東からの風であり、これが北風に変わるのは、16日0:00以降である。
そして、16日0:00以降の白河の線量は低下ないし横ばいである。
仮に、15日~16日明け方にかけての白河の汚染が北からのものであれば、0:00以降、空間線量が顕著に上昇したはずである。

  • 2011/09/03(土) 00:27:49 |
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3月15日夕方から翌日明け方にかけての、中通および栃木北部の汚染についてであるが、アメダス風向・風速データを検討してみたが、確かに、郡山以北については、汚染が北からではないと言い切る自信がなくなってきた。
しかし、白河以南については、汚染が北からというのは無理があるのでは?

  • 2011/09/03(土) 21:06:20 |
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  • のりか #-
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  • 2011/09/09(金) 01:33:24 |
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このコメントは管理者の承認待ちです

  • 2011/09/17(土) 21:28:57 |
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そもそも問題提起からしておかしい。

(1)まず、「北からか南からか」という問題提起の仕方がおかしい。

東から流入した可能性や上空から降下した可能性を除外しているからである。

早川氏が風向データとして
http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-entry-372.html
で引用する国立情報学研究所の北本朝展准教授のホームページ
http://agora.ex.nii.ac.jp/earthquake/201103-eastjapan/weather/data/wind-20110311/surf/
によっても、2011年3月15日12時から17時では東の「浜通り地方」から阿武隈山地を越えて盆地の「中通り地方」の二本松(福島と郡山の中間)の東側へ流入してるのがわかる。

(2)論理破綻部分を例外とするように主張をしている。

>ただし郡山は、前後2回汚染されている。北から説は2回目の汚染をとる。


郡山市では福島市より先にピークを迎え大量の放射性物質流入しているのに、それを無視する例外の主張は論理破綻を最初から認めるに等しい。
下記の福島県HP資料参照。
http://www.pref.fukushima.jp/j/7houbu0311-0331.pdf
郡山市では3月15日14時5分に空間線量率の計測最大値の毎時8.26マイクロシーベルトを記録しており飯舘村より早くから空間線量率の計測値が急上昇してるのがわかる。
尚、下記の福島県HP資料を見れば、
http://www.pref.fukushima.jp/j/20-50km0315-0331.pdf
飯舘村で空間線量率計測値が急上昇し始めたのは3月15日15時0分以降で空間線量率の計測最大値の毎時44.70マイクロシーベルトを記録したのは18時20分である事がわかる。これは郡山に放射性物質が大量流入した後である。

(3)早川氏が風向データとして引用する北本朝展准教授のホームページ
http://agora.ex.nii.ac.jp/earthquake/201103-eastjapan/weather/data/wind-20110311/surf/
によっても、2011年3月15日14時から22時まで郡山と白河の間では白河から郡山に向かって風が吹いており早川氏の主張のような汚染ルートはありえないのがわかる。

福島市

私は震災時、福島市でした。テレビで見る放射能レベルは、飯舘から福島市に流れたものです。そのあと南下して二本松や郡山市に行ったと考えると、放射能の数値からは裏付けされるはずです。

  • 2011/11/09(水) 00:41:14 |
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  • わたなべかよ #Ji/9xQbg
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