早川由紀夫の火山ブログ

Yukio Hayakawa's Volcano Blog

放射能汚染地図の解説@参議院議員会館 cocoツイート(編集)

@cocoblueskyさんのツイートを編集しました。

2012年8月23日の院内集会は、国会議員・議員秘書・都議・区市議・プレス(読売新聞・共同通信・東京新聞・都政新報・フリー記者数名)そして OPK、IWJ の中継が入って、合計50名ほどの参加者になりました。

▼はじめに

わたしは過去と現在の噴火を研究している火山学者です。火山灰に関する専門知識を応用し福島原発から放出された放射性物質の分布をうまく理解することができたので、みなさんの役にたってほしいと思ってこの地図を作りました。議員のみなさん向けの勉強会で話すことで、この国の何かが決まるわけではありません。しかし政治家の方々と、直接はなしができるいい機会なので、この地図に何が書いてあるのかを、きちんと説明したいと思います。

わたしは学者です。火山を対象とした地質学の手法によって、科学的に物事を考えています。わたしのこの説明は、学者がこの放射能リスクを評価するという科学的行為です。この放射能事故に、学者であるわたしができたことは、このような地図を作り全力で科学的に物事を考え、放射能リスクを評価することでした。この地図を通し、リスク評価、現在の科学的知見を、きょうみなさまにお渡しします。学者のリスク評価を受け取ったあと、そのリスクをどう管理し対応してゆくかを考えるのは、個人および政治家の方々のお仕事です。

リスク管理において、「科学が貢献できる重要性は1割程度しかない」と唐木英明さんが言ってます。わたしもそう思います。リスク管理においての9割が、科学以外の経済や政治、その他の社会的要請によって決まることに、わたしは異論ありません。ただし、科学と矛盾したことや科学を軽視した結論を出すときには、科学をねじまげないでほしいと強く言いたい。科学を軽視したリスク管理の結論だす時には、リスク評価をした科学はこうであるが、別の要請により、このような結論に至るのだと覚悟して、腹を決めてほしい。きょう来てらっしゃる政治家の方々には、特にそう言いたい。

政治家や個人が、自分たちのリスク管理の思いを遂げるため、科学をねじまげようとするならば、わたしは科学者として徹底的に戦うつもりです。「科学をねじまげるな」それに対しては徹底的に科学者として戦う。その思いで、わたしが知りえた現在の科学的知見を、きょうみなさまにご説明します。これを受け取って、みなさんが、その先をやってほしい。
▼おもて面の説明

みなさんのお手元にある放射能汚染地図の、製図や印刷の費用は、昨年わたしが学長から訓告処分を受けた時、「早川を助けろ」運動がおこり、多くの方から寄付が寄せられましたので、それを利用させていただきました。群馬大学のわたしあてに集まったみなさんからの寄付は400件にのぼります。それを使ってA2サイズ表と裏をカラーで6万部印刷しました。8月23日現在、全国各地の配布基地から、無料で渡してもらっている最中です。

この地図は、インターネットやその他、公開されているすべてのデータを、わたしが史料批判し、芝生の上1mの基準にかなうものだけを選びとって作りました。民間のデータもありますが、自治体のデータが基本です。2011年の6月までは、ネット上からデータを取得して地図を作りました。その後6月下旬からは、自分の線量計で測り始め、肝心なところは自分で測って、数値に間違いないことを確認しています。

この放射能汚染地図は、2011年3月に福島原発から放出され、地表に落ちた放射性物質が、そのままの状態で保存されている場所の、2011年9月時点の放射線量率を示しています。芝生あるいは草地の上1mの値です。放射能は昨年3月に出て、地表に降り積もったものです。そのあと風が吹いて雨が降り、あちこちに移動しています。移動してしまったあと測るとよくわからないので、風や雨に影響されないところを選んで測りました。

土やアスファルトの上は、放射性物質が風雨で取り去られやすいので、この地図より値が低くなりがちです。一方、放射性物質が集積する雨どい、軒下、側溝、路傍などは、局所的にこの地図より何倍も高い値になります。

この地図は都合上、2011年9月の時点で表現してあります。事故当初から半年たっているので、放射能はもともとの状態の85%になっています。きょう2012年8月現在は当初の2/3くらいになっています。

この汚染地図が表現する放射性物質は、セシウム134とセシウム137です。放射能は半減期でへってゆきます。半減期に関しては、左上にある、田崎晴明さんの図をみてください。セシウム線量率と経過年数をみると、放射能は1年で78%、3年で51%、5年で37%になります。はじめは急に減り、あとでゆっくり。これは今回の原発事故で出たセシウムが、134と137半々のブレンドだったからです。セシウム134の半減期が2年、セシウム137年の半減期が30年。それらが半々のブレンドだから、16年で半分になると思うかもしれませんが、それは誤りです。3年でほぼ半分、5年で1/3になります。5年でセシウム134をだいたい使い切り、残ったセシウム137が、半減期30年でしぶとく残ります。なかなか減りません。43年たっても、まだ10%残ります。

福島原発事故から放出されたセシウムの減り方を考えると、最初の3年をどう乗り切るかが、きわめて重要だと言ってよいでしょう。最初の3年をうまくしのげば、何とか暮らしていける地域があることが、この地図から見えています。

この地図を見て真っ先に気づくのは、原発から飯館、福島の方向に向かって伸びる濃い赤の帯です。一番濃い色は、16 μSv/hです。これは、原発から北西方向が特にひどく汚染されたことを示しています。この地図は16 μSv/hを最大として8、4、2、1、0.5、0.25、0.125と、放射線量が半分半分になるように8段階の等値線を引きました。300、200、100といった、等間隔で等高線を引く手法ではありません。等値線を8、4、2…と半分半分になるよう引くのは、わたしが専門とする火山の分野で、火山灰や軽石の分布を表現するときに普通に用いられる表現です。こうすることで、データがあつかいやすくなります。

放射能の帯は、くの字にまがっています。そのほかに北にも南にものびています。これらの分布はすべて風のせいです。福島原発から出た放射性物質が、風によって移動して、雨に打たれて地上に落ちて、このような帯を作ったのです。放射性物質は風に乗ってあちこち移動したので、原発を中心に半径20kmあるいは30㎞などの同心円を描いてリスクを評価する考え方はまったく通用しません。福島中通りから栃木群馬北部までがひどく汚染されました。さらに原発から200kmはなれた首都圏東部と岩手県南部も汚染されています。東京駅が0.125 μSv/h線の上にあります。

▼2011年4月のセシウム降下

放射能汚染はもちろん、0.125 μSv/h 線の外まで及んでいます。ここ永田町は、0.125 μSv/h 線の外側ですが、汚れています。永田町は昨年9月に私自身が計測しました。実はこの地図の範囲内、日本中ことごとく汚染されているのです。日本中がことごとく汚染された事実がわかる地図を、右下にのせました。2011年4月に、セシウム137が各都道府県にどれだけ降ったかを地図にしたものです。

2011年「3月」に原発から出た大量のセシウムは、遠隔地では観測されませんでした。しかし翌4月には春の変わりやすい風向きのために、九州から沖縄、北海道にいたるまで日本のすべての都道府県でセシウム降下が観測されたことが、文科省の資料でわかります。

中央の大きな地図では、芝生あるいは草地の上1mで測った値で、汚染のひどいところまでを表現しました。0.125 μSv/hの外側は、この手法では測れないので表現していないだけなのです。地図に表現されてないから汚染されていないなんてことはまったくありません。日本中、ことごとく汚染されてしまったことを認識してください。

▼裏面、初版と改訂の経緯

放射能汚染地図は、おもて面に基礎データをのせ、そこから解釈したことを裏面にのせました。ここからがリスク管理への橋渡しになると思います。

地図を最初に作成公表したのは、2011年4月8日です。その日夕刻に発表された福島県内1648の学校幼稚園の放射線量をグーグルマップにプロットして、8、2、0.5 の等値線をつけて、その日のうちに地図をネットに公開しました。この4月8日地図を、荻原佐知子さんがきれいにデザインしてくれて、4月21日初版としました。そのあとも情報収集をつづけ、3ヶ月おきくらいに改訂を重ね、ネットですみやかに公表してきました。今回が七訂版になります。

4月21日初版では、ほとんど福島県内のデータしかありませんでしたが、流山、柏、松戸、三郷など首都圏東部にも、福島県のいわきや白河と同じ程度の汚染があることを表現しました。スペースの関係で小窓で示してあります。

6月18日改訂版では、栃木群馬の北部、首都圏東部、岩手県南部も汚染されたことを初めて表現しました。6月18日の段階で、福島から遠い地域の汚染を把握し、すみやかに発表できた。これはわたしの自慢の地図です。白河から、那須を通って日光に抜け、首都圏東部だけでなく、群馬も、岩手県一関にも汚染がのびていた。わたしの本拠地、群馬の山までもがすっかり汚染されてしまったことをこのとき知ったのです。

福島県外の航空モニタリング測定を文科省が公表したのは7月20日の宮城県が最初です。その後、各県の航空モニタリング結果を文科省は次々に発表しましたが、それは、わたしの6月18日地図ととてもよく似ていました。そう自己評価しています。

▼チェルノブイリとの比較

裏面一段目の右においた地図は、1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故と今回の福島原発事故の放射能の分布を比較した図です。みなさまに一番わかりやすく説得力がある図だと思います。チェルノブイリがベクレル、フクシマがシーベルトで表現されていますので比較するためには換算が必要です。その方法は、比較図の右下に示してあります。汚染された土地面積でみると、日本は、チェルノブイリより狭いが、居住人口でみると日本のほうが上回ります。わたしの換算方法では、汚染された土地面積は、チェルノブイリのほうが3~4倍大きい。3~4倍放射能をまきちらした(ただし桁違いではない)。しかし日本のほうが人口密度が高いので、被害としては日本のほうが大きいと認識してます。

たとえば双葉町の町長さんは、フクシマとチェルノブイリの汚染された面積は、ほぼ同じになると考えているようです。この認識のの違いは、シーベルトとベクレルをどのように換算するかの手法の違いによります。わたしは今回、ベクレルとシーベルトを換算する際、セシウム137だけでくらべました。134はないものとして比較しています。チェルノブイリに有利に、フクシマに控えめな換算を採用しました。

いずれにしても福島原発事故は、チェルノブイリ原発事故に匹敵する事故であります。これを軽視することは、まったく不適当であり、重大な事故であるとの認識を、わたしは当初からもっております。

▼汚染の日時

うら面2段目には、0.25 μSv/h以上の放射線量を示す地域が、いつ汚染されたのかを示した地図を、5枚のせました。放射能汚染の分布を決めたのは風です。噴火によって火山から吐き出される火山灰は、上空数kmから十数kmを吹く風で移動しますが、原発事故当時の気象データを見ると、上空1km以上の風向きでは、この放射能汚染分布を説明することができません。原発から吐き出された放射性物質は、高さ数十mの低空の風にのって、地表をなめるように移動したのです。等値線が、盆地や山肌など地形の起伏をよく感じとっているのはそのためです。

2011年3月12日の21時に、南相馬市を通過した放射能雲は、仙台湾を越えて、翌13日に女川町に達しました。

3月15日の汚染がもっともひどいものでした。4時にいわき市を通過した放射能の雲は6時には南に下がって、関東平野に達しました。しかし雨が降らなかったため、東京の上を通過して、そのまま西と北へ向かったのです。その雲は、関東山地と群馬、栃木北部の山地につきあたり、そこで初めて雨に出会って、放射性物質を地表にたたき落としました。さらに福島中通りに戻って、雪といっしょに地表に降りつもったのです。

3月15日夕刻になると、特別に濃い放射能の雲が原発から吐き出されました。それは北西に向かった風に乗ってまっすぐ移動して、18時に飯館村までを壊滅させたのです。2011年3月15日の朝からの放射能の雲と夕刻のもの。この二つで今回の汚染の半分以上が生じました。

それから5日後の3月20日夜、放射能雲が北にむかって、宮城と山形の県境、一関などの岩手県南部を汚染しました。そのあと風は南に回り、21日の6時には水戸を通過して、9時に東京新宿に達しました。21日から23日までの3日間は、関東地方に強い雨が降りました。その雲がこの柏を中心とした首都圏東部を汚染しました。

この地図に表現した汚染のほとんど99.9%は、3月12日から23日までの、12日間におこりました。そのあと、原発からの放射能排出はまだ完全には止まっていませんが、この12日間の排出にくらべたら、ごく軽微なものです。

放射能は原発からどうやって出たのでしょうか。1号基は3月12日15時36分に、3号基は3月14日11時01分に爆発しましたが、福島原発から大量の放射性物質がもれたのは、この瞬間ではありませんでした。福島原発からの放射能汚染が、12日間ずっと一定量で出ていたと考える学者もいますが、わたしは間欠的にときおり出たのだと思います。放射能汚染分布図のヒトデのような形は、放射能が1週間10日間のべつまくなしに出ていたのではなく、あるときだけ出た結果の形のように、わたしには見えます。これは今まで火山噴火をみて、地図を作ってきた経験からの考察です。

それが一番顕著にわかるのは南相馬です。海岸から山にむかって、放射能の濃度が急に変わります。等高線が海岸線に平行して密に並んでいます。この分布は原発から放射能がずっとでていたモデルでは説明がむずかしい。ある瞬間の風向きによってつくられたと思われます。

放射能は原発から間欠的にときおり出たのではないかの見かたをずっとしていたところ、先月、この放射能の大量放出のタイミングは原子炉の圧力低下に対応するとニュース報道がありました。原子炉の圧力を下げる作業を行ったたびに、外部にまとまった量の放射性分物質が放出されたようです。地震と津波によって福島原発がこわれ、手がつけられなくなって放射能の汚染が生じたのではなく、原発を手当てしようと思ってベントという圧力開放作業をしたたびごとに、この汚染が生じたようだ。

2011年3月15日、風が東京に向かっているのは明々白々だった。にもかかわらずベントをして原子炉の圧力を開放した。その時ベントする必要があったのか、わたしはエンジニアでないからわかりません。しかしこの汚染は人の手によるものだったということになる。放射能が原子炉から自発的に漏れ出したのではなく、人の指による操作の結果として漏れたと、わたしは理解している。わたしのこの理解に反論のある人がいれば、承りたいと思います。

▼都市の焼却灰

うら面3段目には、各自治体にあるゴミ焼却場で、ゴミを燃やしてできた灰に含まれるセシウムの量を、日本地図で示しました 。これを見ると、その都市や地域の汚染の平均をよく知ることができます。2011年8月29日の環境省データを丸印、その後の自治体データを星印であらわしました。単位はBq/kgです。福島市9万、郡山8万、柏7万、松戸4万7000、東京都江戸川区も1万2000と、相当汚れていることがわかります。繰り返しますが、これはわたしのデータではなく各自治体が公表しているデータです。これは、おもて面の「芝生の上1m」とはまったく別の独立の汚染測定方法ですが、「芝生の上1m」マップ状況とよく一致していることがわかります。

静岡市も 442 Bq/kg、名古屋市も 111 Bq/kg 汚れています。京都、大阪、神戸くらいまで汚染が出ている。この焼却灰の地図から近畿地方も汚染されていることがわかります。北海道から兵庫県まで汚染されているのです。おもて面右下の2011年4月にセシウムが降った地図を示しましたが、降っただけでなく汚染が現存していることがわかります。ただし大分、長崎などは、たしかにセシウムは降ったが、その汚染はこの焼却灰の方法でもまだ認識できません。測り方によって、汚染がどこまで把握できるか変わります。たとえば焼却灰を測ると、これくらいの精度でわかるという地図が、「ゴミを焼却した後に残る灰のセシウム図」なのです。

小笠原村の115 Bq/kgについてエピソードをお話しします。最初これは、おがさわら丸によって運ばれた汚染された食料が消費されて、ゴミ焼却場の灰にセシウムが出たのだろうと想像していました。しかしそうではないことが、島民自身の測定でわかったのです。わたしの考察をネットで知った小笠原村のかたが、どぶの土を取り、八王子の市民放射能測定所に持ち込んだところ、汚れていたことがわかりました。つまり福島原発から1150kmも離れた小笠原も、福島原発からの放射能で汚染されていたのです。

焼却灰については、このくらいの精度で汚染が見えてきます。雨どい、側溝、路傍の土についても、同じようなことが言えます。こういった、放射能が濃縮し集まっているところに注目して測ると、軽微な汚染でも把握できるのです。福島や柏など汚染が濃いところは、「芝生の上1m」で測るとよい地図が作れますが、遠隔地の場合は、放射能が濃縮して集まっているところを選んで測るとよい地図がつくれます。

▼セシウムは、いまどこにあるの?

うら面一番下の段には、わたしがいつも言っている注意点を、小学生にもわかるかたちで、末澤朋代さん原図のイラストつきで説明してもらいました。いまセシウムは、町の中では、側溝、雨どい、吹き溜まり、水たまりなどに溜まっています。いっぽう山野では、2011年3月以来ほとんど動いていません。町でも山野でも、セシウムを集めやすい葉っぱに注意しましょう。家の中はこまめにふき掃除してください。

それから吹く風に注意しましょう。地表がカラカラに乾燥したとき強い風がふくと、セシウムが風に巻き上げられて再移動します。関東だったら4月と5月が要注意です。畑や河原、土手、学校のグラウンドなど、土がむきだしのところは、充分気をつける必要があります。ワカサギなどの淡水魚、野生のいのししや鹿の肉、たけのこ、山菜、くり、ぎんなん、きのこのような山でとれる食べ物には、とくにセシウムがいっぱいたまっているから、注意してね、などなど。生活するうえでの注意点をのせました。

▼おわりに

この地図は、自分で現地測定したほかに、ネットで公開されている無数のデータを参考にしました。よく参考にした8件だけを奥付に記しましたが、世の中に出回るっているすべてのデータを使ってこの地図を作りました。

放射能対策に正解はありません。放射能とどう折り合いをつけるかは、個人の事情によって異なります。住むのか住まないのか、食べるのか食べないのか、買うか買わないか、すべて自分で勉強して自分で決めることです。

みなさんにお渡しするこの地図から、現在の科学的知見を受け取って、みなさんはその先をやって下さい。この放射能リスクにどう対応してゆくか考えるのは、みなさんそれぞれのお仕事です。大勢の方々に、この地図を利用してもらえたらうれしいです。

参議院議員会館101号室。トロピカルな椰子の木と、ブルースカイのアロハシャツで、何気におしゃれを決めたせんせ~は、こうして、「タタカウ科学者」を、固く誓ったのでありますた....

書き出し

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad